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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 中編(9)

 一方でニコルとの作業は終わりが見えなくて難航した。チェックしてもチェックしても終わらない。一つの会社で問題点が見つかると、次から次へと見つかってくる。たった数年とはいえ放置したせいか? 


「ニコル。一つ提案なんだけど」


「なんでしょう?」


「一つ…いや二つ提案か。一つはそろそろ僕は日本に帰らないといけない。だから続きはネットと電話を利用するようにしたい」


「かしこまりました。セキュリティがしっかりしたネットワークを用意してもらうようにします」


「もう一つは、これらの会社なんだけど、個人で持つんじゃなくて投資会社を起こして、そこから投資の形で運営したほうが、安定するし節税にもなるんじゃないかな?」


「その通りです」


「じゃあ、そうしよう。僕は別に自分個人の財産に固執はない。むしろ色々と厄介だと思うから、投資会社にしちゃったほうが勘ぐられなくていいよ」


「かしこまりました。準備します」


 ニコルは満足そうに僕を見て笑った。彼は有能な管財人だった。忠実で、有能で。なんでこんなところにいるんだか。そんな質問をしてみたら、意外とも言える答えが返ってきた。


「それはあなたのお父様に助けられたからですよ。一生かかっても返せないご恩があります。だから私はここで働いているのです」


 父さんが何をどうやったかは知らない。だけれど、かなりの割合の眷族が、父さんに恩を感じていて働いているのは確かだ。あんなに適当だったのに、皆が騙されているとしか思えない。それとも父さんの行動に僕が騙されていたんだろうか。もう今となっては分からない。とにかくこれには驚きだった。


「私からも一つご提案があります」


 逆にニコルが言い出す。


「秘書をお傍に置くのはいかがでしょう」


「え?」


「秘書というか…せめてデータの下読みや、ある程度サマリーを作るなどの仕事を誰かに任せても良いのでは…と思ったのです」


 ああ。確かに。ニコルには次から次へとデータを用意してもらって、僕はそれを読み込んで、指示を出して…とやっていたけれど、もう一人いてもいいかもしれない。


「誰か当てはある?」


「はい。ございます」


 翌日、ニコルはカリナを連れてきた。ショートカットの髪に高い頬骨。スリムな身体の女性。なんだっけ…エジプトのネコの神様。バステトか。うん。そんな感じだ。


 カリナは優秀だった。ニコルが持ってきてくれるデータをカリナが先に見て、必要なところを抜粋してくれて、僕に渡してくれる。おかげで僕の時間は飛躍的に節約されて、むしろ考えるほうに時間が取れるようになった。


 イギリスに来て丸一週間。そろそろ日本に帰ることを考えないといけない。


 中庭にある温室のテーブルセットに腰掛けてニコルに貰ったデータに目を通す。すぐ傍では彩乃がレイラと鬼ごっこのようなことをして遊んでいた。温室の中で育った植物の周りを、レイラを鬼にして彩乃は楽しそうに走り回っている。


 そこへやってきたのはザック叔父さんだ。あの儀式の前日の会話以来、親族とはほとんど話をしていない。彩乃を通して、少しだけレイラとは挨拶程度に言葉を交わすけれど、それだけだ。


「そろそろ日本に帰るって?」


 ニコルかカリナから聞いたのか。ザック叔父さんは話しかけながら、僕の前に腰掛けた。長話をする気の無い僕としては、座り込まれるのは迷惑以外の何者でもない。


「ええ」


 書類に視線を落としたまま、そっけなく答えれば、ザック叔父さんが苦笑した。


「そんなに警戒するな。取って食いやしない」


「別に警戒していません」


「リー」


 名前を呼ばれて、僕はようやく書類から目をあげた。


「何です?」


 僕の問いには応えずに叔父さんの視線は、レイラの周りで、きゃっきゃっと声をあげて走り回っている彩乃のほうへ向かう。


「いい子だな」


「ええ」


「本当にいい子に育ててくれた」


 父さんとそっくりな青い目が僕を見る。そのとたんに僕は父さんに見られているような錯覚に陥った。


「お前ががんばった証だよ。あの子はいい子だ」


 なんと答えていいか分からずに黙っていたら、目の前の青い瞳が笑みの形に細められた。


「あの子を見ていると分かるよ。お前はあの子に充分な愛情を与えて育てたんだ」


「いい加減なことしか出来ていませんよ」


 率直な気持ちをぼそりと答えるしかない。充分な愛情? そんなものを与える余裕なんてなかった。


「謙遜するな。彩乃がまっすぐに育ったのは、お前がちゃんと育てたからだよ。ありがとう」


「礼を言われる筋合いのものじゃないです」


「苦労しただろう?」


「僕が馬鹿だっただけですよ」


「いや。そうじゃない」


 僕はイライラして、見ていた資料を机に叩きつけた。


「いい加減にしてください! もういいでしょう。どれだけ僕の失敗を笑うんです。父さんが亡くなって、すぐにイギリスに連絡をとれば、彩乃だってあんな辛い目に…僕にいつも閉じ込められて、お腹を空かせて、友達もできなくて…」


 僕の叫びにびっくりしたように、彩乃とレイラの動きが止まった。

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