The Previous Days 中編(8)
儀式の翌日は管財人が現れた。彼も今回、僕の眷族となっている。
「ニコラスと申します。ニコルと呼んでください」
彼はモノクル(片眼鏡)をはめていて、見た目は僕と変わらないぐらいか、ちょっと年上のような外見だ。一族で眼鏡やモノクルは珍しいから、ついうっかり見つめてしまったら、彼に苦笑いをされた。
「生まれつき片目が無いのです。一族になったときに生えてくるかと思いましたがそのままでした。なのでこちらは義眼です」
「ああ。ごめん。ついうっかり」
「いえ。一族の皆さんは不思議に思うようなので、慣れました」
その後、彼は僕が相続した財産についての説明を始めた。データを示しながら、わかりやすく説明してもらって、世界中に保持している財産があることが分かる。
「凄いな」
「先祖代々の分は半分ぐらいですね。あとはあなたのお父様の時代に築いたものばかりです」
「え? 父さん?」
「ええ。会社を次から次へ起こしたのは、お父様ですよ」
僕はデータを見つめた。どの会社も売り上げは順調に伸びている。父さんには先見の明があったのだろう。ふっと僕は気になってROA(総資産利益率)のデータも表示させてみた。売り上げは上がっているけれど、利益率を経年で比較してみれば、ゆるゆると落ちてきている。
「これは…」
「お父様が亡くなってから明確な指針がなく、単なる維持になっていますから。当然の結果かと」
ちょっと待ってくれよ…。それは不味い兆候だ。
「同じ分野の競合他社の数値は出せる?」
「すぐに」
ぱちぱちとニコルがコンピュータを叩き、データが画面に出てくる。
「…比較してみても低いね。どこも微妙に低いけど、一番低いのはここだ。このニューヨークに本社を置く製造会社なんて、もっと利益率があってもいい。競合他社が5%を超えているのに、うちの会社だけ3%ちょいだなんて…。コストに無駄が多いのかな。どこで使ってるんだ?」
「細かい数値は今、ありませんので、すぐにそろえます。…ここ数年、同じ人間が社長を勤めていますね」
「安穏と過ごしているってわけだ。この会社はすぐにテコ入れをする。それから他も出来る限り細かいデータをそろえて。順番にやっていこう」
「かしこまりました」
ニコルは僕に向かってお辞儀をしてから、にっと意味ありげに笑った。
「何?」
「さすがはアルバート様のご子息ですね。お会いしたことが無かったので心配していたのですが、商才がおありです。安心しました」
そのとき僕は非常に嫌な顔をしたと思う。ニコルは一瞬戸惑ったような表情を見せて、その場から立ち去った。
翌日から僕は、ニコルと二人で世界中にある財産の確認と、保持している会社の経営状況の細かい確認を始めた。
儀式の後も引き続き、彩乃はレイラが面倒を見てくれている。人見知りの激しい彩乃だけれど、レイラにだけはすぐに打ち解けていた。彩乃とレイラの会話は傍から見ると不思議だ。彩乃は日本語で話して、レイラは英語で話しているのに、なぜか意思疎通ができている。
あまり難しい会話をしていないから、きっと雰囲気で会話をしているんだろう。彩乃がにこにこと話をしているから、それで充分だと思って、僕はあまり気にしていなかった。
「レイラちゃんとね、クッキーをつくったの。あやのがつくったんだよ」
彩乃が僕のところに抜き型のクッキーを持ってくる。
「これがネコさんで、これがワンちゃんで、これがトリさんなの」
自慢げに次々と並べてみせた。一つ一つが彩乃の手に余るぐらいの大きさだ。まあ、僕の手なら軽く乗るけどね。それにしても大きい。そして形が少しばかり歪だけれど、言われた動物だと一目でわかる形状はしている。一生懸命抜いたのだろうことが伺える。ちなみに色は良い感じにこんがりと焼けていた。味は期待できそうだ。
「おいしそうだね」
「おいしいよ。えっとね。おにいちゃんには、ワンちゃんをあげるね」
「ありがとう」
僕の手に乗せられた犬型のクッキーには、緑色に染まったチェリーが目の位置に埋め込まれていた。
「食べていいの?」
「いいよ」
目の前で食べてみせれば、彩乃が期待した目でじっと僕をみている。
「うん。おいしい。とってもおいしいよ」
僕の言葉に彩乃は満足そうに笑った。




