The Previous Days 中編(6)
昔の父さんの部屋。今は僕の部屋となったそこは、書斎と寝室にバスルーム、それにミニバーがついている部屋だ。書斎には何度も入ったことがある。いつもそこには父さんがいて、吸っても意味がないはずのパイプをくゆらせて、本を読んでいた。
子供のころは父さんの広い膝の上に乗ったりするのが好きだったのに、いつのまに距離を置くようになってしまったんだろうか。そんなことを想いながら、本を見る。ここに置いてある本は父さんが地下の書庫から持ってきたもので、趣味が表れている。
歴史書や地理の本が多い。父さんは僕にも増してあちこちの言葉を喋る人だったから、歴史書もかなりいろんな国の本が集まっていた。
ふと見れば、日本のものもある。全集でずらりと揃っているのは洋書が多い中で不思議な感じだ。
彩乃が傍に来て、おずおずと僕の手を握った。知らない人だらけで不安なんだろう。
彩乃の寝室を別に作るとメアリは言ったけれど、それを断って僕は彩乃を自分の部屋に連れてきた。ベッドはキングサイズだし、彩乃一人ぐらい問題ない。
「おにいちゃん」
「ん?」
「ここ、どこ?」
僕は彩乃の前にしゃがみこんだ。
「ここはね、僕たちの本当のお父さんとお母さんが住んでいた家だよ」
「おとうさんとおかあさん?」
「うん。彩乃のお父さんとお母さんの家。後で肖像画を見せてあげるね」
「うん」
彩乃が頷く。僕はふと気づいて、彩乃に言った。
「彩乃。明日はお洒落できるけど、どんな格好をしたい?」
「かっこう?」
「お姫様のような格好ができるよ。ドレス着てみたい?」
とたんに彩乃がにっこりと笑った。
「ドレス、きたいの。あとね、ネックレスもつけるの。ダイヤとルビーつけるの」
「はいはい。じゃあ、そうしようね。用意してもらうね」
「うんっ」
僕は呼び鈴を鳴らす。とたんにメイド服を着た女性が現れた。彼女も一族なんだろうか。
「明日の彩乃の服装なんだけど、ドレス、用意できる?」
「すでに用意してあります」
さすがメアリの采配だ。
「それで、アクセサリーが…ダイヤと…なんだっけ?」
最後の問いだけ日本語で言えば、彩乃が僕を見上げてくる。
「ルビー!」
可愛らしい声が答えた。
「そう。それだ。ルビーね。用意して」
「かしこまりました」
「ティアラもよろしく」
「はい」
女性は彩乃を見て笑いかけるとお辞儀をして出ていった。
これでよしと。
「僕はもうちょっと起きてるけど…彩乃はどうする?」
ぶっちゃけ、やや興奮しているのか、眠れる気がしない。
「起きてる!」
やっぱりね。彩乃も同じか。
「じゃあ、今日だけ特別ね」
「うんっ」
彩乃がにっこりと答えたときだった。ドアがコンコンとノックされる。
「どうぞ」
そう答えれば、扉が開いて、やや赤みがかった髪に青い眼で、顔つきはちょっとだけ父さんに似ている人が現れた。ザック叔父さん。父さんの弟だ。その後ろには叔母のクリスタルとその娘でいとこのレイラ。
「おそろいで…。こちらから挨拶に伺わなければいけないのに、すみません」
握手しようと片手を出してきたザック叔父さんの手を無視して、やや皮肉交じりにそう言えば、彼から苦笑が漏れた。
「おまえも相変わらずだな。リー」
クリスタルが彩乃ににっこりと微笑み、近寄ろうとする。けれど彩乃は恥ずかしがって、僕の後ろに隠れてしまった。僕は彩乃を抱き上げて押しかけてきた親族にため息をついてみせた。
「それで…この時間に何の用です?」
僕の冷たい言い方にクリスタルが眉を顰める。
「リーデル。明日は朝から儀式で忙しいし…せめて身内だけで話をする時間が欲しいと思って来たのよ」
「僕は特に話すことはないですよ」
ザック叔父さんが僕の肩を叩いた。
「お前も大変だったな。彩乃を一人で育てて」
「それは嫌味ですか?」
「そんなつもりは…」
「だってそうでしょう。父さんが亡くなった後にすぐにイギリスに連絡を取っていれば、彩乃を一人で育てる必要も無かったし、苦労もしなかった」
「リーデル、そういうことじゃないのよ。アルバートとねねの死は、私たちも悲しいから…」
クリスタルがザック叔父さんの言葉を補おうとするけれど、その言葉は僕を糾弾しているとしか思えなかった。
「どうせ誰かが報告しているんでしょう。僕は父と母を見捨てて逃げたんだ」
「リーデル、そ」
クリスタルが何か言いかけたのを、僕は遮って、さらに続ける。
「父と母が死んだときに僕は何も出来なかった。不甲斐ない息子ですよ」
「リー、誰もお前を責めてなんかいない」
ザック叔父さんが言うけれど、僕にはそう思えない。
「じゃあ、なんです。こうやってこんな時間に、みんな揃ってここへ来て。僕を責める以外の何に来たっていうんです」
「リー、聞け」
「聞いてますよ。僕を責めればいい。父さんと母さんを見捨てたのは僕だって、責めればいいじゃないですか。彩乃だけを連れ出して、二人を見捨てて、しかもイギリスに連絡もせずに、一人で馬鹿みたいだ」
「リーデル、お願い。そうじゃないの。私たちは、ただアルバートとねねの最期を知りたかっただけで…」
クリスタルが僕の腕に触ろうとしたのを、僕は振り払った。




