The Previous Days 中編(5)
僕の目の前にあったのは、非常に車体の長いリムジンだった。そこにずらりと黒服の男たちが並んでいて、白いリムジンの前後に黒い車が一台ずつ置いてある。
思わず僕は額に手をやって、目を瞑った。消えて欲しい。
でも消えず、スーツケースを持った僕は見つかってしまって、黒服が数名こっちに走ってきた。
「こちらでございます。この度はご足労頂きまして申し訳ございません」
「いや…あの…前後の車はなんです?」
「護衛でございます」
思わず絶句する。護衛?
日本だよな。護衛といいつつ、こういうところで待ってるって。護衛だったら家まで迎えに来いっていう。いや、まあ、教会の前まで来られてもご近所の目があるし、おじいさんの目もあるし。困るけど。
それ以前に…何やってるんだよ。メアリ。僕に護衛なんていらないよ。僕は思わず頭を抱えた。
とりあえずリムジンに押し込まれて成田へのパレードが出発した。周りのドライバーの視線が痛い。スモークガラスなのがせめてもの救いだ。
車の中で紙袋を渡されて、中身を見ればパスポートだった。イギリス国籍のパスポート。彩乃と二人分。メアリに頼んであった分だ。無事に届いていた。
成田に着けば、スーツケースは黒服の一人が持ってくれて、そして専用ゲートに案内される。そこで僕は初めて思い出した。そうだよ。チャーター機だ。
専用ゲートを通れば、今度は専用のラウンジがあった。彩乃は喜んでジュースを飲んでいたけれど、僕はなんとなく落ち着かない。ここ数年の貧乏暮らしが身についてしまっている。というか、世界中をふらふらしていたときだって、父さんに出してもらうのは嫌で、自分でお金は工面していたから、チャーター機なんて乗ったことがない。
落ち着かないままに時間が来て、案内に従って小型ジェットに乗り込んだ。
これ…まさかイギリスでも続くんじゃないだろうな…という悪い予感は的中した。ヒースローからもリムジンに護衛の車。一体どこのVIPだよ。これ。ただし…護衛として現れたのは父さんの眷族たちだった。車の運転手もしかり。僕と彩乃は一族に囲まれて、メアリが待つ屋敷へ向かうことになった。
門を通れば、綺麗に整えられた庭園があり、その先に屋敷はある。車の扉が開いたとたんに赤い絨毯が敷き詰められて、その先にはずらりと並ぶ一族たち。映画のような光景が広がっていた。
彩乃が怖がって僕の後ろに隠れるから、抱き上げる。そして僕は大きくため息をついた。とたんに降ってくる皆の声。
「お帰りなさいませ」
そろえた声の威圧感に思わずたじろぎそうになりながら、僕は仕方なく言った。
「戻りました」
やれやれ。
メアリが進み出てくる。相変わらず厳しい顔をしている。子供のころから知られている彼女には頭が上がらない。僕は一瞬たじろぎそうになったけれど、ここで気後れしても仕方ないから開き直ってにこやかに笑って見せた。
「やあ。メアリ」
とたんにメアリがわざとらしくため息をついてから、軽くお辞儀をする。
「漸くお帰りいただけて一同、嬉しく思っております」
「心配をかけて悪かったね」
白々しく言えば、メアリは僕の台詞に気にもかけていないという雰囲気でピンと背を伸ばす。
「既に本日のうちにかなりの一族が集まっております。ザカライアス様、クリスタル様、レイラ様はご到着されています。キーファー様は明朝のご到着予定です」
「そう。ありがとう」
僕はひらひらと手を振ると、屋敷の中に足を踏み入れた。
「悪いけど今日はこのまま休むよ」
「なんとおっしゃいました?」
「彩乃が怯えているしね。食事は部屋に運んで」
まだ何かいい足りないようなメアリを置いて、自分の部屋に行こうとしたとたんに遮られた。
「ア」
「ストップ。その名前は言わないで。まだ家督継承をしていないし、してもその名前を名乗るつもりはないよ」
父さんと同じ名前を名乗るなんて僕には荷が重い。そういうことにしておこう。メアリが何か言いたそうだったけれど、僕がじっと見つめれば諦めたように首を振って、名前を呼び変える。
「リーデル様。お部屋は変えました。お父様がいらしたお部屋が代々の当主を務める方のお部屋です。そちらへどうぞ」
思わず目を見張ったけれど、何も言わずに頷いた。なるほどね。そういう変化が出てくるわけだ。




