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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 中編(4)

「えっと…これは?」


「クリスマスプレゼントだよ。たいしたもんじゃないがね」


 しまった。僕は全然おじいさんのことは考えていなくて用意していなかった。


「すみません。僕は…」


 おじいさんは、ふんわりと笑った。


「いいんだよ。これは私の気持ちだ」


 開けてみるとそれは本だった。丁寧な装丁に金文字で書かれているのはフランス語。


------- Antoine de Saint-Exupéry "Le Petit Prince"(サン=テグジュペリ「星の王子さま」)


 僕がぼーっとして本を眺めているとおじいさんの声が耳に届く。


「私が好きな話でね。ちょっと子供じみているかもしれないけれど、原書なのがいいだろう? 置いておくだけでも綺麗な本を選んだんだ」


 金色の文字をそっと撫でる。革の手触りの上に文字の凹凸がなんともいえない良い味を出している。中を開けばフランス語の文字が飛び込んできた。最初の文字は飾り文字で、古い凸版印刷を真似ている。一瞬そのまま読みそうになって、僕の表情を伺うおじいさんに気づく。


「ありがとうございます。大事に読みます」


 どう言っていいか分からず、それでも笑みを浮かべてお礼を言えば、あきらかにほっとしたような様子を見せた。


「男の子は何をあげたらいいかわからなくてね。良かったよ。喜んでくれて」


 ああ。もう。本当に。僕らは偽りの孫だというのに。胸のうちに沸く罪悪感。そして気づいた。イギリスの屋敷と連絡が取れた以上、ここにいる必要は無いのだ。彩乃をつれてイギリスに渡ってしまえばいい。


 しかしそれを言う前におじいさんが、ぽんと僕の手を叩いた。軽く。そっと。


「いつまでも居ておくれ」


 まるで僕の思考を読んだかのような言葉。


「それってどういう…」


「男の子はすぐに独立したがると聞くから。けれどせっかく家族を見つけたんだ。だから…好きにしていていいから、できるだけ長く一緒に居てくれないかと思うんだ」


 おじいさんがじっと僕を見る。どう返事をするか迷って、迷って…。僕は答えを口にした。


「ええ。おじいさん。せっかく家族になったんです。出て行けといわれても出て行きません」


 安心させるように言えば、おじいさんは詰めていたものを吐くように、ほぉと長く息を吐き出した。その顔を見ながら、僕はおずおずと口を開く。


「あの…実は一つ伝えたいことが…」


「なんだい?」


「年明けにイギリスの友人から、遊びに来いと誘われていて、強引な奴で…チケットまで送ってきて来いと」


「ああ。行ってくればいいよ。イギリスに友達がいるんだね」


「ええ。あちらの大学を出たので」


 ついうっかり口を滑らしたとたんに、おじいさんが目を見開いた。


「え? そうなのかい?」


 うわっ。しまったな。まあ、いいか。ウソじゃないし。ああ、そうか。年齢が合わない…。慌てて僕は言い訳を口にした。


「ええっと。スキップしているので…」


「どこの大学を?」


 僕は答えようとして一瞬戸惑った。あれ、今の大学名ってなんだっけ?


「ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンです」


「ああ。伊藤博文やマハトマ・ガンディーも出た大学だね。最近では小泉元首相も卒業している」


 大学名は合っていたらしい。おじいさんは納得してくれた。眩しいものでも見るように、僕を見る目を細める。


「それじゃあ行ってくるといい」


「はい。それと、彩乃も連れていけたら…と思って」


 おじいさんは目を丸くしたが、その後に少し寂しそうに笑った。


「私も行きたいところだが」


 うわ。連れていけない。ごめん。


「しかし年始は立て続けに礼拝もあるし、いろいろ約束をしているので無理だな」


 ああ。良かった。まさか一族が勢ぞろいのところに連れて行くわけにいかない。


「すみません。お土産を買ってきます」


 そう伝えれば、おじいさんはにっこりと笑ってくれた。


 翌日。僕はうっかりパスポートを取っていないことを思い出して、またメアリに電話する。なんだかメアリに電話してばかりだ。


 メアリは呆れつつも、迎えの車をよこすときに僕と彩乃の分のパスポートも用意していくれると約束してくれた。そして彼女に二人分の写真データを送る。


 穏やかなお正月が過ぎ、彩乃は初めてお年玉を貰って大喜びしていた。今までそんなもの、貰ったことがなかったからね。


 そして一月三日。渡英の日、僕は大きな衝撃を受けることになった。それは僕の携帯電話にかかってきた電話が始まりだった。


「あのリーデル・ドルフィルス様の携帯電話でしょうか?」


 見知らぬ男の声が向こうから聞こえた。


「はい。そうですが…」


 僕が日本語で返事をすれば、明らかにほっとしたような声が聞こえる。


「日本語、大丈夫ですか? 車が入れなくてですね…申し訳ございません。お家の前までお迎えに行くように言われていたんですが、どうしても入れず…」


 うちの前に入るのは、ちょっとばかりコツがいるから、まあ入れない…こともあるかもしれないが…そう狭い道路でもない。


 運転手が下手なのかな?


 なんて思って、僕と彩乃は荷物を持って、その車が止まっているという近所の大きな道路まで出ることにした。


 彩乃の手を引いて、スーツケースをごろごろと転がして、待ち合わせの場所の数メートル前で僕の足は止まった。


 目の前のものが信じられない。いや。まさか。ウソだと思いたい。


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