The Previous Days 中編(3)
さらに翌日。彩乃は学校に行き、おじいさんは地域の集まりだとかで出かけていった平日の午後。ピンポーンとインターフォンの音がして、ドアに出てみれば、サリーを着た女性が立っていた。
「えっと…」
「Mr. Riedel Dorfils?」
やれやれ。僕は彼女を中に入れて、話を聞く。なんでも父さんが眷族にした女性で、マスターが亡くなったから、次のマスターを求めて僕のところに来た…そういうことらしい。どうしたらいいか分からなくて、仕方なく僕はメアリに電話をする。
「メアリ。父さんの眷族の一人が直接こっちに来てるんだけど、どうしたらいい?」
そう言った瞬間に、向こうでメアリが沈黙した。
「メアリ?」
「だから早くこちらへ…とお伝えしたのに」
「えっと…どういうこと?」
「現在のお住まいに押しかける者が他にもいるかと…」
「いや。それ、困るんだけど」
「我々眷族はマスターに結び付けられます。マスターが亡くなれば、我々の命も削られるのです」
「えぇっ!」
思わず僕の喉から変な声が出た。知らないよ。そんな話。
大きなため息が電話の向こうから聞こえてくる。
「あなたは一体、旦那様から何を聞いてらしたのです?」
「いや。何も」
「なんとおっしゃいました?」
いやらしいほど綺麗なクィーンズイングリッシュで聞き返してくる。絶対にわざとだ。仕方なくもう一回言い直す。
「何も聞いていない」
「そんなはずはございません」
電話の向こうのメアリがピシャリと言った。
「決まった年齢になりましたら、家督を継ぐものに伝えるのが一族の決まりです」
「その年齢に、僕がまだ達してないとか」
「その年齢は、とっくに過ぎております」
あ~。そういや、150年ぐらい前に、父さんがなんか言ってきたような気がする。目の前で珍しくくどくど喋る父さんのことを、僕は完全に無視した…と思う。
「大事な話だったら、大事な話だって言ってくれよ」
思わず愚痴を言えば、メアリが呆れたような声を出す。
「さすがの旦那様も大事な話だとおっしゃったと思いますけれど」
「知らないよ。そんなの」
やれやれ。
「とにかく! 一族に来られちゃ困るし、目先の彼女をどうしたらいいわけっ?」
思わず逆ギレすれば、メアリが怯んだ。
「ま、まだ継承の儀式は済んでいませんが、儀式をせずとも力は使えるはずです。今からお伝えすることをしてください」
僕はメアリから自分の眷族にする方法を教えてもらった。
「それだけでいいの?」
「それだけなのです。だから名前は重要になるのです」
「知らなかったな」
「なんとおっしゃいました?」
「ああ。もういいよ。はいはい」
「旦那様も重要なことゆえ、お伝えしていたはずです」
「はいはい。僕が悪かったよ」
僕はまだ何かいいそうなメアリの電話を切ろうとして、思い出した。
「できるだけ他の眷族を来させないでよ」
「そんなこと、できるとお思いですか?」
「メアリなら…なんとかできるんじゃない? できるだけでいいから。よろしく」
さらに彼女が何かを言う前に、僕は電話を切った。
そしてサリー姿の女性に向かって儀式を行う。儀式は至極簡単に終わり、僕の最初の眷族が誕生したわけだ。ところが感慨にふけっている時間など無かった。そこからは次から次へだ。本当に。
町を歩いていれば、外人に肩を叩かれて、何かと思えば一族。家に帰れば「友人だ」と言っておじいさんに入れてもらって、居間で知らない人がお茶を飲んでいたりする。もちろん父さんの眷族だ。
思わず僕は根をあげた。またしてもメアリに電話をする。
「メアリ」
「なんでございましょう」
電話の向こうの声が冷たい。
「年明け。一月四日の日にイギリスに帰る。帰るから、そっちで儀式を受けるように通達して」
「かしこまりました。では一月三日に日本を発つようにチャーター機の用意をいたします。時間は他の航空機との関係もありますので、決まり次第お伝えいたします」
「よ、よろしく」
見えないけれど、電話の向こうでメアリが笑った気がした。
それからしばらくしてクリスマスが近づいた。とりあえず一族の奇襲も収まり、ようやく僕の周りが静かになったところでクリスマスだ。
彩乃にはおじいさんからは、大きな熊のぬいぐるみ。彩乃が欲しがっていたやつだ。僕からは、アクセサリーを自分で手作りするキット。手作りと言っても子供用で、別売りになっている布やリボンとプラスチックのパーツをセットして、上から押すとはめ込まれて作るもので簡単に作れる。もちろん別売りのキットも一緒にプレゼントした。
クリスマス礼拝にも緊張しながら出て、いつもよりも早く眠ってしまった彩乃の枕元に僕とおじいさんは二人でプレゼントを置きに行った。
そして居間に戻ってきて、ふたりでソファーに座り込んだところでおじいさんが僕に包み紙を差し出してくる。思わず僕は目を瞬いてしまった。




