The Previous Days 中編(1)
宮月俊哉。二十歳。田島さんに設定した僕の年齢だ。ギリギリ成人。
彩乃がせめてある程度大きくなるまでは居たかったので、できるだけ下の年齢を設定した。どれだけサバ読んでいるんだろう。まさか本当の年齢を言うわけにはいかないし、これでいいことにする。
とにかく僕らは田島さんの孫としての生活をスタートさせた。
ちなみに翻訳者、山形朔良は二十八歳。編集部とのやりとりは、ほぼメールと電話のみ。電話は携帯にかかってくる。東京に移ってきたのをきっかけに、ちょこちょこと呼び出されて打ち合わせを入れられた。その分、仕事も増えたからありがたい。
家賃と光熱費が不要な生活は、かなり大きい。僕の収入の殆どは彩乃に費やせる。同時に田島さんも彩乃を甘やかして、洋服だなんだと買ってきたから、一気に彩乃の周りに物が溢れた。彩乃自身はかなり戸惑っていたかな。
田島さんに対して、僕は在宅でコンピュータを使ってアルバイトをしていることだけを告げて、詳しいことは話さなかった。田島さん自身、僕とどのように付き合っていくか迷っているようなところがある。僕自身も田島さんとどう付き合っていいか分からない。
それでもあまり干渉せずに放っておいてくれたので助かった。居心地は悪くない。
彩乃は新しい小学校に通い始めた。最初は戸惑っていたみたいだけれど、にこにことして人当たりのいい彩乃は、すぐに受け入れてもらえたようだ。まあ、人見知りなのは相変わらずなんだけどね。
彩乃に対しては、新しい家族ができたということを告げた。戸惑いは隠せず、田島さんに対して遠慮しがちだ。それでも日々の暮らしの中で、少しずつ慣れていくだろう。
慣れないながらも『おじいちゃん』と呼ぶ姿は愛くるしく、田島さんも彩乃に対しては相好を崩して対応していた。
ぐぉーっと凄い音がしたとたんに彩乃は僕の後ろに隠れた。思わず僕は苦笑いをするしかない。田島さん…おじいさんが、ドライヤーを手にして困った顔をする。
今まではドライヤーを買うよりも他のものを優先してきたし、どうせ僕らは風邪をひかないし…で放ってきたのだけれど、おじいさんとしてはそうはいかないと思ったらしい。お風呂に入って、髪が濡れたままの彩乃にドライヤーを使おうとして、彩乃が驚いて逃げたところだ。
僕は仕方なくがっしりと彩乃を捕まえた。
「おにいちゃんっ! いや。こわいのっ!」
そうは言うけれど、まあ、怖いもんじゃない。音は煩いけど。
「大丈夫。怖くないし。痛くないから。暖かい風が来るだけだよ」
「でも、や、なの」
彩乃が泣きそうになる。ああ。ごめんね~と思いつつも僕は手を離さなかった。
「彩乃。髪の毛を乾かさないと風邪を引いちゃうよ」
おじいさんの言葉に、彩乃が目を丸くして僕を見る。
「まあ、そうだね。一般的には」
僕は濁して答えた。彩乃がまじまじと僕の顔を見る。
「かぜ? コンコンするの?」
「そうだね。風邪は咳が出ることが多いね」
彩乃を膝の上に乗せて、おじいさんからドライヤーを受け取った。
「いやだったら、目を瞑って、耳を塞いでおいで。乾かしてあげるから」
そう言ったとたんに、彩乃はぎゅっと目を瞑って、小さな両手で耳を塞ぐ。僕とおじいさんは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
そっとドライヤーをかけてやれば、彩乃の細い髪の毛がさらさらと僕の指の隙間から落ちていく。本当に手触りがいい髪の毛だ。
僕の髪は少しばかりウェーブが入っているけれど、彩乃の髪はまっすぐ。きっとこれは母さんの遺伝だな。父さんの髪はウェーブが入っていて、母さんの髪はまっすぐだった。
「ほらできた」
そう言って、ぽんぽんと頭を撫でてやれば、彩乃が目をあけて耳から両手をはずして、きょろきょろと周りを見る。
「痛くなかったでしょ?」
「うん」
彩乃は恥ずかしそうに微笑んだ。
こんな風に、わりと普通の家庭の中で、普通の人間として僕と彩乃は生活していた。
そして教会で過ごす初めてのクリスマスシーズンが訪れた。
少しばかり余裕ができた僕は、彩乃に何を買ってあげようか迷っていた。すでに学校で使う筆箱やノート、鉛筆などはおじいさんが買い与えていて持っている。
ぶらぶらと街を歩きながら、彩乃のクリスマスプレゼントを探す。デパートのおもちゃ売り場では、色とりどりのおもちゃが並んでいた。こういったものも一切与えていなかったから、返って新鮮かもしれない。例えば、大きなぬいぐるみとか、子供用の楽器とか。そんなものもいいな。
僕は次々と手にとっては見て、棚に戻し…を繰り返していた。本当にいろんなものがあって、良く考えられている。
ふっと気配を感じて顔を上げれば、おもちゃ売り場には少しばかり不似合いの男がこちらをチラチラと見ている。よろよろのコートを片手にした無精ひげの男。なんだろう?




