表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
591/639

The Previous Days 前編(11)

 ようやくアルバイトの支払いがあり、小ぶりの自転車を買った上に、いくばくかは贅沢ができるぐらいの余裕ができた。


 僕は自転車を買って、それから彩乃の洋服を買う。そこで気づいた。残りはとっておいて、クリスマスにプレゼントにしてやれば、喜ぶんじゃないだろうか。


 幼稚園に入った年、つまり一昨年ののクリスマスイブ、我が家では何もしなかった。彩乃が一生懸命訊いてきたものだ。「さんたさん、こないの?」と。


 なんで吸血鬼がクリスマスなんだ…と思わなくはなかったけれど、それでも彩乃が泣きそうな顔で言うのを見れば、一日遅れで枕元にプレゼントを置いた。


 吸血鬼サンタ…思わず僕の頭に変なフレーズが浮かんだ。


 仕方なく去年は彩乃の枕元に、欲しがっていたキャラクターのシールや、ノートなど全部で数百円にしかならないようなものを紙袋に入れてリボンをかけて置いておいた。


 それでも彩乃は喜んでいた。


 今年は小学生だ。彩乃はおっとりしているから、あまりあれが欲しいこれが欲しいと主張しないけれど、それでも友達が持っているようなキャラクターのゲームやおもちゃが欲しいときがあるらしい。


 いつもよりは良いものをあげられるかもしれないと思い、僕は残ったお金をしまいこんだ。


 買ってきた自転車に彩乃は飛び跳ねて歓声を上げる。お店の人は補助輪をつけるように言われたけれど、それだけでお金がかかるし、彩乃に必要だと思えず、僕は断っていた。


「じゃあ、彩乃。乗ってごらん?」


 学校から帰ってきた夕暮れの時間に、アパートの前の道路で彩乃を自転車に乗せる。僕は後ろから自転車を押さえた。


「左右のバランスをとるんだ。倒れないようにね」


 果たして。一族の天性のバランス感覚と、運動神経で、彩乃は10分もたたずに自転車に乗れるようになっていた。ほらね。


「おにいちゃん! のれるよ」


 ニコニコと笑う彩乃。僕の目の前でぐるぐると行ったり来たりを繰り返す彩乃に注意する。


「自動車が走ってるところでは乗っちゃだめだよ」


「うん」


「乗るときにはお兄ちゃんにちゃんと言ってね」


「うん」


 幸せそうに自転車を乗り回す妹を僕は目を細めてみていた。


 これ以降、彩乃は自転車が入れるような大きな公園で友達と自転車に乗って遊ぶようになる。公園まで自転車で行って、友達とぐるぐると公園の中を乗り回すだけだけれど、楽しそうだった。


 まさか彩乃一人に自転車でその公園まで行かせるわけにもいかず、僕もつきそう。


 公園までは比較的車が通らず、安全な道が多かったが、一箇所だけ交通量の多い道路を横切らなければいけないところがある。歩いていくときには絶対に歩道橋を渡るように言いつけてあって、彩乃はそれを守って歩道橋で渡っていた。


 しかし自転車ではそうもいかないから、一緒に行ってきちんと横断歩道の信号を見て渡るようにする。


「あら。彩乃ちゃん」


 女性の声がして振り返れば、彩乃の友達のお母さんだった。友達も傍にいて二人して自転車に乗っていた。


「あっ。かずみちゃん!」


 彩乃が嬉しそうに名前を呼んで、にこにこしながら軽く片手を振った。僕はその横でペコリと挨拶をする。向こうも会釈をしてきた。


「えっと…彩乃ちゃんのお兄さん」


「はい」


 僕が言えば、ほぉっと女性はため息をついた。


「いつも大変ですね」


「いえいえ」


 今までに僕は自分の両親の話も自分自身の話もあまりしたことがない。それでも幼稚園に入園してからは、先生に両親のことを聞かれて亡くなっていることを答えているから、それがもれ伝わっているのだろう。


「普段はどうしていらっしゃるの?」


 女性が労わりを見せながら訊いてくる。その実は興味津々というところだろう。


「普段というと?」


「食事や家事など」


「僕がやっていますよ」


 僕以外の誰がやるというんだろう。そんな当たり前のことを何でこの女性は聞いてくるのかと思ったが、彩乃の友達の母親を邪険に扱うわけにはいかず、僕は端的に返事をした。


 その後も家での生活を根掘り葉掘り訊いてこようとする女性に、のらりくらりと返事をしていて、僕は気づく。


 彩乃がいない。


 慌てて周りを見回せば、彩乃とその友達が道路を渡ろうとしているところだった。痺れを切らして先に行ってしまったらしい。だけれどその信号は赤で、大型トラックが向こうから走ってくるのが見えた。


「彩乃っ!」


 僕は人目も気にせずに全速力で走り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ