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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 前編(9)

 無事に幼稚園の期間が過ぎて、いよいよ小学校の入学式。欧米だと九月の入学式が、日本だと四月で違和感を覚える。とはいえ、幼稚園の友達と一緒に入学したい彩乃にとって、九月か四月かは大きな差だろう。ここは皆に合わせて四月入学だ。収入が安定してきて、少しは余裕が出た僕は、入学式に向けて彩乃と自分自身とに余所行きの服を用意した。


 彩乃はピンクに白い襟がついたワンピースだ。シルクの服なんて用意できないから、手触りの悪い化繊の安物だけれど、彩乃が着るとそれなりに見えると思うのは、欲目かもしれない。襟のところに、ちょっとだけついているパールのフェイクネックレスが彼女のお気に入りだった。こういう服を喜んで着ているところは、女の子なんだな…と思う。


 僕はいつでも、どこでも着られるように黒のごく普通のスーツにネクタイだ。オーダーメイドなんて作れないから、安いスーツの店で購入した吊るしの上下だけれど、無いよりはいい。ネクタイは少し落ち着いたブルーのストライプにした。


 一緒に小学校の門をくぐれば、幼稚園時代からの友達が彩乃の傍に駆け寄ってくる。友達もひらひらした服装をしている。並んでみても彩乃の服装に遜色が無かったことに、思わず安堵した。幼稚園のときに思ったけれど、他の人と違う服装をするのは気になるらしいからね。


「あやのちゃん!」


「あ、かずみちゃん、あいちゃん」


 彩乃はにこにこと嬉しそうに笑って、友達と手をつないだ。一瞬僕はひやりとしたけれど、彩乃は友達の手を潰したりしなかった。ちゃんと優しくつないでいる。小さな手が嬉しそうに揺れていた。


「おはようございます」


 後ろから二人のお父さんとお母さんがやってきて、僕に挨拶する。皆、きちんとした格好だ。僕の格好が浮かない程度の服装だったので安心する。僕自身はどうでもいいけれど、後で彩乃が何か言われるのは嫌だからね。僕も挨拶を返して一緒に入学式が行われる体育館に向かうことになった。


 周りがバシバシと自分の子の写真や動画を最新のデジカメで撮る中で、僕は中古のデジカメで彩乃の写真を撮る。せめてもの記録だ。本当は最新型のカメラが欲しかったけれど、そんな余裕はうちにない。僕の稼ぎでは今のアパートを維持して、少しばかりの食費と、成長期の彩乃の洋服や絵本や文房具などを買うのが精一杯だった。


 仕事を増やせば、彩乃との時間が無くなる。僕は時間とお金とのせめぎあいの中で、なんとか生活をしていた。


 それでも小学校の生活は、幼稚園よりももっと安定的だった。彩乃は毎日元気に学校に行き、今日は何をしたと話してくれる。心配だったのは体育の授業だ。とにかく彩乃に出来ない子の真似をしろといい続けた。彩乃は不満だったようだけれど、僕の言葉に従ってくれているらしい。一学期はあっという間に終わりを告げた。


 夏休みに入り、彩乃は毎日家にいるようになった。友達と近所の公園で遊んだりするときもある。その中で、たまに友達のだれそれちゃんは海に行った、山に行ったと言い出すようになった。その度に僕は繰り返すしかない。


「ごめん。彩乃。うちにはお金がないから…どこにもつれていってあげられない」


 仕方なく近所の安売りの店で、花火をほんのちょっと買ってきて二人でやれば、喜んでいる。それぐらいが妹と僕の夏休みの娯楽だった。


 妹がもうちょっと大きくなって、秘密を守れるような年になれば、お金がなくても僕が飛んでつれていってあげるのに…そう思うけれど、残念ながら今は黙っているしかない。


 そして新学期が始まったある日の夕飯のとき、彩乃が寂しそうな顔でポツリと言った。


「おにいちゃん。みんな…じてんしゃにのれるんだって」


「あ、そう」


「あやのは、のったことがないよ? あやのがトロいからだっていうの」


 やれやれ。


「自転車なんて難しくないよ。すぐ乗れる」


「そうなの?」


「うん。だから心配しない」


「うん」


 彩乃がにっこりと笑った。


 はぁ。次は自転車か…。


 実際、乗れるか乗れないかという意味では、まったく心配していなかった。


 僕らの種族の身体能力は人間より高いし、その中で彩乃はどうやら筋力だけではなくて五感そのものが鋭い。だからコツさえ掴めば、すぐに乗れるようになるだろう。


 問題は…どうやって自転車を入手するか…だ。またしてもお金の問題が僕の前に立ちふさがる。僕だけが暮らしていくならどうとでもなるし、どうにかした実績がある。しかし彩乃に適当な生活をさせるわけにはいかない。


 できるだけ皆と同じような生活をさせたい。引け目を感じさせたくない。そう思うけれど、そう都合よく翻訳の仕事がまとまって舞い込むわけではない。そうなると短期間のアルバイトを探すしかない。


 どうしようかと困っていると、ちょうど近所のコンビニの深夜バイトに空きが出たらしい。店長に二ヶ月だけお願いできないかと頼んだところ、次の人が決まるまで…という約束で、短期で入ることになった。


 彩乃が学校に行ってから翻訳の仕事をし、彼女が眠ってから深夜バイトに行く。僕自身の睡眠時間は、バイトから帰ってきて、彩乃が出て行くまでのわずか2,3時間程度になってしまったけれど、バイトが無い日が何日かに一度あるので、その日に寝ることにした。


 もっと酷い状況におかれたこともあるしね。二ヶ月程度なら、なんとかなるだろう。



 深夜のバイトは、わりと暇だった。僕は翻訳するべきデータを打ち出して持って行き、お客さんのいない時間を利用して、ざっと目を通すことにした。本当はいけないんだろうけど、お客さんがいなければなんでもありだろう。うん。


 そうしておけば、翻訳の時間が少しばかり短くなるから、昼寝の時間が作れる。


 しかし僕は夜中に彩乃を一人にするべきではなかった。少なくとももう少し防犯に気を使うべきだったと後悔することになる。

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