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間章  報復(2)

 私は二人からそっと離れて、一族であっても人々のざわめきの中で聞こえないぐらいの距離をとると、あるところに電話をする。


「できるか?」


「用意できてます」


「やれ」


 それだけの会話をして、二人を探して戻ったときだった。


 さっきよりも少しばかり離れた位置に移っていた二人の目の前、遠方ではあるが見える位置で煙が上がった。


 マスターが早速気づいて、指差す。


「あれ? なんだろうね。煙が上がってる」


「火事かな」


 キーファーがのんびりした口調で言ってから、私を見た。


 私はマスターの死角からキーファーに頷き返す。


「アニキ、火事だよ。火事。きっと。どこかが燃えてるんだ」


 そう言って、キーファーはあの方の背中のほうからニヤリと嗤った。燃えているのは、前のマスター、アルバート様と奥様を殺した首謀者の家。


 アルバート様そしてねね様の死と共に、リーデル様は行方不明になった。それに納得できなかったキーファーが組織を動かして徹底的に調べた結果だ。二人の死は偶然の事故ではなく仕組まれたもので、さらには日本にあった資産までもが不当に奪われていた。



 巧妙に隠された首謀者を突き止め、その家族を一人一人誘拐し、殺し、その様子を映像で送りつけ、首謀者を追い込んできた。


 アルバート様から巻き上げた財産はすべて取り返し、イギリスの管理下に戻してある。つまり今のマスターに戻っている状態だ。 


 首謀者の妻、息子、娘、母親。皆、キーファーが切り刻んだ。それから首謀者の側近や実行犯ももちろん。それらをご丁寧にすべて首謀者に見せつけてきた。その上で首謀者が助けを求めた組織は潰した。


 今日はその仕上げだ。今、燃えているのは、すでに廃人のようになった首謀者とその家。もう財産らしい財産も残っていない。関わるものも誰もいない。まあ、素直に死ねただけ、奴の周りに居た者達よりも楽な死に方だろう。


 ここまで突き止めるのに、日本という国の中で、しかもリーデル様に知られないように進めたために、かなりの時間が経ってしまった。それでもやり遂げたのは、キーファーのこの方への愛情だろう。


 楽しそうにあの方と話をしているキーファーの後ろ姿を見ながら、私は数年前を思い出した。


「フレッド。俺は決めた。アニキが一族を背負って表に立つなら、俺は裏に立つ」


「キーファー?」


 あの日、当主として沈黙してきたリーデル様が一族に対して、初めて今後について宣言を出したとき。キーファーはそれを受けて、私に対して宣言をした。


「俺はアニキの知らないところで、アニキの影になる。いや、気づかれると思うけれど、それでもいい」


 それは痛いまでの決心で…。


「付き合いますよ。どこまでも。地獄でもね」


 そう私は返事をした。


 あの煙がなんなのか気づかないまま、マスターは伸びをして、優しくキーファーと私に微笑んだ。


「じゃあ、次はどこへ行こうかな。もんじゃ焼きとか、食べてみる? ヘンな食べ物だよ」


「行くっ! アニキが行くなら、どこでも」


 またしてもキーファーがテンション高く返事をする。何も考えていないとしか思えない返事に、マスターが苦笑した。


「じゃ、行こうか。浅草を見て築地に行って、それからもんじゃ焼きかな」


 降りるほうへと足を運ぶマスターの後ろに、嬉しそうに続くキーファーは犬みたいだ。私も思わず苦笑してキーファーへと付き従った。


 今のマスターからは、あの冴え渡るような殺気も、近寄れないぐらいの冷たい視線も無いけれど、それでも昔を知っているだけに、柔らかな物腰の中に見え隠れする筋の通ったものが、私の緊張感を煽る。


 キーファーのように何も考えていないように懐くことはできないが、それでもこのマスターが信用に値するということだけは分かっていた。


 リーデル様は変わられた。変わっていくものと、変わらないもの。そんなことを考えて足が一瞬止まっていたらしい。


「どうしたの? アルフレッド?」


 そうマスターが声をかけたとたんに、キーファーが嫌な顔をする。思わず苦笑した。


「フレッドと呼んでください。マスター」


「ああ、そうだったね。フレッド。何か気になることが?」


「いえ。単にちょっと物思いにふけっただけです」


 そう答えれば、キーファーが探るように私を見る。私は人間には聞こえない程度に言う。


「妬いただけですよ」


 いつものやり取りに、マスターは優しく笑い、キーファーは少しばかり頬を赤らめる。


「行きましょう」


 私はちらりと後ろの煙を見てから、彼らに追いついた。

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