間章 不確定性原理
--------- ザカライアス視点 ------------
畳の匂いがする日本家屋。日本にはあまり来たことがないが、兄のアルバートは日本びいきだった。義姉のねねが日本から来ていたこともあるんだろう。
彩乃の結婚式が終わり、家族団らんの時間も終わり。それぞれがそれぞれの部屋でゆったりと過ごしている。耳には微かに皆が動き回る音がしていた。やはり一族は夜行性だ。
カタンとかすかな音がして、障子に月明かりで影が映る。大柄な男の影。
「来たな」
俺が他の連中には聞こえないように微かな声で呟けば、音もせずに障子が横に滑っていく。現れたのは俺とよく似た黒髪に碧眼の男だ。片手を挙げてにこやかに入ってくる。
そのあまりにも悪びれない様子に俺はため息をついた。相手が驚くとは考えていない…いや、分かっていてやっている態度だ。
「来るんじゃないかと思っていた」
「驚かないのか?」
「どうせ…過去のお前だろ?」
「ご名答」
アルバート。先代当主。俺の兄。そしてリーデルと彩乃の父親。
「彩乃の結婚式は…いたのか?」
「まあな。ちょっとばかり覗かせてもらった」
「そうだろうな。よく日時が分かったな」
「お前に教えてもらった」
ああ。そうだろうよ。いつの俺に教えてもらってきたか分からないが…。
「どうせなら出席すれば良かったのに」
「死んだ奴が、か?」
「今、ここで実在しているなら問題ないさ」
その言葉にアルバートは肩をすくめた。こんな仕草はリーデルにそっくりだ。いや、リーデルがアルバートに似たんだな。
「俺は非実在的存在だよ」
「だがここにいる」
「まあな。シュレディンガーの猫だ」
「死んでいるが生きている」
「そういうこと」
まるで謎かけだ。アルバートのこういう言葉遊びをリーデルは嫌っていたが、俺は嫌いじゃない。
「次はどこの時代に渡るんだ?」
俺の問いにアルバートはちらりと考え込んだ。
「そうだな。少しばかり未来に行ってみるのもいいかと思っている」
「俺にとっての未来か? お前にとっての未来か」
「俺たちにとっての未来だ」
つまりこの時空よりももっと先っていうことだな…と俺は結論付けた。そしてふっと頭に思いついたことを口にした。
「ねねは…引っ張りださないのか?」
「やっている。だがどこかでロックされていて、事象は繰り返される」
「つまり生き返らせることができない?」
「そういうことだ。俺自身の死もひっくり返せない」
「一族最強の男も万能じゃないということか」
アルバートは、ふっと片頬だけで笑った。
「その称号は息子に譲るよ」
「そんな力があいつにあると?」
「さあ? 俺はもう死んだ存在だ」
「この時空ではな」
俺の言葉に答えずにアルバートはひらひらと手を振った。
「そろそろ時間だ」
「タイムリミットがあるのか?」
「まあな。そのうちにまた」
「ああ」
彼の身体がゆっくりと消え始める。まるでチェシャ猫だ。
「さしずめ俺がアリスか?」
俺の独り言に返ってくる声は無かった。
お父さんが一族最強の男について喋っているのは適当です。後の伏線でもなんでもありません。言葉遊びをしただけです。(こういう適当なところを俊は嫌ってますが、同族嫌悪?)




