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間章  紛争地帯(16)

 出かける前にルイーズに声をかける。


「おい」


「何?」


「おめぇ、俺がいないところで死ぬなよ」


 そう言った瞬間にルイーズがにっこりと笑った。


「死なないよ。大丈夫。ちゃんと気をつける」


「おう。それと…」


 俺はごそごそと首から提げていた巾着袋の中から、宮月の薬を取り出す。


「これ、持っていけ」


「え?」


「前に話した宮月って奴が作った薬だ。ちょっとしかないからな。おめぇ以外使うなよ」


「う、うん」


「外傷なら何でも治す。深い傷は傷の奥から塗り込め」


「持っていけないよ。こんなの。トシが使いなよ」


 俺はルイーズをデコピンした。


「痛いっ」


「寝言は寝て言え。俺はこんなもんはいらねぇんだよ。これは…俺が誰かを治すために持って歩ってんだ。今日は俺が傍にいられねぇからな。おめぇが持っとけ」


 俺はぐっとルイーズに小さなプラスチックの入れ物を押し付けた。


「無くすなよ」


 ルイーズは両手でぎゅっと持った後で、大事そうに上着の内ポケットに入れる。


「ここなら落とさないから」


「おう。大事にしとけ」


「うん。ありがとう」


 ルイーズの瞳が潤んでいた。


「これぐらいで大げさな奴だな。今日一日だけだ。気をつけていけよ」


「うん。トシもね」


「おう」


 ルイーズが小さく手を振って、サムと一緒に出て行く。それを見送って、俺もどこかで車を調達するべく、当てもなく歩き始めた。


 人目が無いところで街の中へ入り込んで、持っていけそうな車がないか探した。できればトラックがいいだろう。


 なかなか条件にあうような車がなくて難儀したが、それでも夕方までに一台、車を調達することに成功した。


 追手を撒くために、一旦はまったく関係ない方向へ走って、ぐるりと回ってから隠れ家までトラックを持っていく。裏手に止めたときに違和感があった。


 なんだ? 何かがいつもと違う。俺は用心のためにトラックから降りずにじっくりと隠れ家を観察した。何が違うのか…。


 そして気づいた。匂いだ。いつもしていた腐敗臭がしない。


 慌てて車を降りてみれば、死体があった場所は最近土を掘り返した後があり、死体は綺麗に消えていた。隠れ家の扉を開ければ、そこはもぬけの殻だった。


 …やられた。


 床の上に残されたのは、またしてもルイーズのメモ。


「生きて」


 それだけが書いてあった。


 馬鹿野郎。


 考えてみたら、俺はその解放軍の詳しい場所を聞いていない。クワンザが率いていくから詳しい場所の説明は後回しだと言いやがった。あいつもぐるかよ。


 俺はぽっかりと穴が開いたような心を抱えたまま、じっと床を見ていた。


 暫くそうしていて、耳に聞こえてきた足音。あいつらじゃねぇな。人数が多い。殺しに来たか。ここで死ぬのは馬鹿のやることだ。


 この先はわからねぇ。だが俺の命、こんなところで、てめぇらにやるほど安くはねぇんだよ。俺は窓を突き破って出ると、トラックに飛び乗って、めちゃくちゃに運転し始めた。どこでもいい。こいつらを暫く追っかけさせた上で、撒いてやろう。国境とは逆側がいい。


「くそっ。馬鹿やろう」


 ルイーズに出し抜かれた自分自身に悪態をつきながら、俺は車を走らせ続けた。







「ま、これが俺の話だ」


 長い話が終わったとたんに、宮月が長いため息を吐き出した。


「トシ。本当に不器用だね」


「おめぇに言われたかぁねぇよ」


 金髪のねぇちゃんとガタガタやってたのを俺は忘れてねぇぞ。


「それでどうするんだね?」


 宮月の叔父も話に加わってくる。


「確かにね。何も考えずに行っても一人を見つけるのは大変だと思うよ」


 宮月がちゃぶ台にひじをつきながら俺を見た。


「解放軍って言ったわよね?」


 デビが口を出す。


「ああ」


「それだったら駐屯地は分かるかもしれないわ。ちょっと待ってて」


 デビが携帯電話で早速どこかに連絡し始めた。


「トシ」


「ああん?」


 宮月がにっと笑う。


「明日、携帯電話を買いにいこう。海外でも衛星で通信できるやつ」


「いらねぇよ」


「いると思うよ。一人を探すなら情報は多いほうがいい。僕らと連絡をとれば、バックアップできる」


 俺は言葉に詰まった。俺のわがままにこいつらをつき合わせていいのか?


「彼にとったら、娯楽みたいなものよ。好意は素直に受けておいたら?」


 宮月の横から金髪のねぇちゃん…レイラが微笑んだ。ま、そうだな。ここはありがたく受けておこう。


「おおぴらにはできないけど、私も拾える情報は拾って流すようにするわ。うふふ。軍事衛星とかね」


 レイラの言葉にジャックがヒュゥッと短く口笛を吹いた。デビがどこからか駐屯地を聞き出して、教えてくれる。それに宮月の叔父がにっと笑った。


「必要な物資があったら言ってくれ。融通しよう」


 そういやこの人は貿易関係だっていってたな。


「感謝します」


 素直に頭を下げれば、宮月が面白くなさそうに口を尖らせた。だが目が笑ってやがる。


「ザック叔父さんには素直にお礼を言って、僕には言わないんだ」


 分かっててやってんのが丸見えだ。まあ、そんな馴れ合いも悪くない。


「てめぇはいいんだよ。俺が迷惑をかけていい奴なんだ」


「何、それ」


 宮月が口では文句を言いつつも楽しそうに笑っている。


「見つかるといいね」


「ああ。見つけてやる。そんでもっておめぇらに会わせてやるよ」


 俺は皆に感謝をしつつも、決意を新たにした。


 死んでんなよ。待ってろ。ぜってぇ見つけてやるからな。



間章 紛争地帯 The End


※このサイトの注意書きにもありますが「掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。」




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