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間章  紛争地帯(14)

 登った木の一番上までくれば、今逃げ出してきた町と周りの風景が見えた。林の中にぽつりと立っている家がある。あとは俺たちが通ってきたなだらかな丘がある程度だな。


 木を降りて、俺は向こうにある家のことをクワンザに告げた。使えるといいけどな。


 行ってみれば家の中は血だらけだった。被害者の家って奴だ。外には死体が転がっていて、腐敗臭を放っている。


「せめて…埋めてやろう」


「それはよしといたほうがいいぜ。クワンザ」


 クワンザが俺を非難の目で見た。


「そいつを埋めれば、誰が埋めたんだってことになる。もしもここを隠れ蓑にするんだったら、その死体はカモフラージュだ」


 周りが一瞬ざわめいた。


「埋めてやりたい気持ちは分かる。俺だってそうしたい。だが、俺たちが生き残るために、そいつにはここに居てもらわなけりゃなんねぇ。見張りだと思ってろよ。こいつは死んでからも俺たちのために、ここで見張りをやってくれてるんだ」


 皆が静まり返る。


「いいか? 俺たちがやってるのは、遊びじゃねぇ。いくさだ。だったらときには人情を捨てなけりゃあ、生き残れないぜ。死体すら使うようなしたたかさが必要なんだ」


 クワンザが歯を食いしばって、こぶしを握った。一瞬目をそらした後に、家の中に入っていく。後の連中もそれに続いた。


 俺の言ったことは頭で理解できても、感情では理解できねぇんだろう。誰も俺と目をあわそうとはしなかった。そんな奴らの態度を見ながら、甘ぇなとは思う。だが同時に仕方ねぇかとも思った。ほんの少し前までは平和な村にいた奴らだからな。


「トシ…」


 ルイーズが心配そうに俺の手を握ってくる。


「大丈夫だ」


 俺はそう言って、ルイーズと共に家の中に入った。


「さすがに…家の中の血は…掃除するなとは言わないよな?」


 クワンザが俺を見る。


「言わねぇよ。むしろ綺麗にしようぜ。家の中まで血の匂いがしてちゃあ、おかしくなりそうだ」


 腐敗した血の匂いも独特で、さすがに腐ったものを食べる趣味はねぇから、この匂いは我慢ならねぇ。外からの腐敗臭も人間たちが感じているより、ずっと強く俺には感じられるしな。


 奴らが血をふき取って掃除している間に、俺は布を探し出して窓の隙間をせっせとふさいだ。少しは腐敗臭が入ってくるのを防げるだろう。


 俺たちの人数は二十人弱。狭い家の中、ルイーズ以外は男だらけでむさくるしい。まるで蛸壺のような状態に嫌気がさすが仕方ねぇ。


 ふと思い出した。新撰組の屯所もそういや、こんなだったな。俺はかっちゃんと一緒にそこそこ広い部屋を一人で使わせてもらっていたが、平隊士の部屋なんざ、まったくこの通りだった。ここで文句を言ったらバチがあたるぜ。


 それから俺たちはこの家を拠点に被害者を救いだし匿うということを、またやり始めることになった。クワンザの指示の元、手分けをして助け出す。


 町の中に入り込んで隠れていそうな場所を見つけ出して、救い出すのは俺とルイーズの仕事になった。他の連中は隣町以外の町へ何日もかけて出て行き、車の調達と食料の調達をする。


 一番危険な仕事が俺たち二人に任されたっていうことだ。ルイーズがやりたがったこともあるが、俺の腕が立つっていうこともあった。他の連中はからっきし実戦経験がねぇからな。


 ルイーズと二人きりならある意味気楽だ。俺は暗くなると同時にルイーズを背負って街に入り、片っ端から耳を澄ます。人の話声、祈りの声、そんなものを聞き分けて、隠れ場所の目処をつける。


 こういうときには総司の恋仲の彩乃を思い出す。あいつの耳だったら、もっと楽に探し出せただろうに。無いものねだりをしても仕方ねぇよな。


 あとは隠れ場所に目処がつけば、顔をすっぽり隠したルイーズと一緒に旅人のふりをしてドアを叩き、そして本当に隠れていれば、逃がす算段をする。それから時間を見計らって、暗闇の中で外へ逃がす。


 そうやって数人をあの家に集めたところで、仲間が車を持って帰ってきた。あとは前と一緒だ。車に乗せて国境のキャンプまで送る。今回は他の奴が送っていった。


 休む暇もなく、俺とルイーズは街の中にまた戻る。


 それはある家に隠れている奴がいると見込んで、ドアをノックしたときだった。やけに開けるのが遅いと思って待っていたところで、ようやくドアが開いた。


 俺の顔を見た家の奴が、驚きに目を開く。なんだ? 俺が何かしたか? そんなことを考えて対応が遅れた。


 ザシュッ。そんな音と共に、俺に向かって鉈が振り下ろされた。


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