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間章  紛争地帯(13)

 俺の腕の中でルイーズは、少しばかり眠ったんだろうか。目だけは瞑っていたが、闇の中を駆け抜けている俺には気にしている余裕は無かった。朝日が昇り始めたころに、黄金色の光に照らされた町の傍につく。


 その頃にはルイーズも目を開けてたから、こいつを腕から下ろして一緒に町の中へと入っていった。 


 町の中は静かだったが、妙に空気がざわめいていた。朝ぱらから変な雰囲気だ。家の中に閉じこもって、外を伺っている奴らの気配がする。外にいるのは男ばかりで、数人で集まっては周りを気にしつつ、こそこそと話をしていた。


「トシ…」


 ルイーズがいつもの大きなショールをすっぽりと頭からかぶりながら、俺の袖に掴まってくる。


「おう。用心しろ。なんか妙だ」


「うん」


 耳に入ってくるざわめきに集中すれば、どうやら昨晩、大掛かりな狩があったらしい。つまりルイーズの同胞が狩られたってわけだ。軍が率先してやっているという話も耳に届く。やばいな。


「ここを出るぞ」


「トシ?」


「ついてこい」


 俺は目をつけられる前に路地裏へと曲がった。まだ状況を把握できていないルイーズに背中におぶさるように言う。さすがに慣れたもんで、意味は分からずとも素直に従う。


 周りにこっちを見ている奴がいないことを確認して、俺は壁のでっぱりを利用して屋上へと飛び上がった。ざらざらとした石壁はあれだな。ロッククライミングとか言うやつだ。


 日本と違った平らな屋根の上に出てルイーズを降ろせば、ルイーズは真っ青な顔をしていた。


「さっきの…」


「ああ。この町では軍隊が虐殺をやってやがる」


 ルイーズの小さな唇がぎゅっと引き結ばれる。


「クワンザさんたちは…」


「わかんねぇな。ここに居たらやばいだろ。一旦町を出ようぜ」


「う、うん」


 背中にルイーズを背負ったまま、俺は屋根から屋根へと飛び移った。しばらくして、背中から声が上がった。


「あ、あれっ!」


 着地したところで、ルイーズが指差した場所を見えば、数人が鉈を持った連中に追われていた。よく見ればクワンザたちだ。ちっ。助けに行くしかねぇな。


 ルイーズは連れて行くのも危ねぇが、ここに置いていくのも危ねぇ。一瞬迷った末に、連れて行くことにした。


「しっかり掴まってろよ」


 そう言って、屋根から屋根へ飛び移った後に、クワンザたちの前に飛び降りた。ルイーズを下ろして、剣を手に取る。


「トシ…一体どこから…」


「話は後だ」


 俺は鉈を持ってきた連中に斬りかかった。こいつらはどうせ素人だ。あっちが鉈でこっちが剣なら大した敵じゃねぇ。一刀両断とはいかねぇが、ほぼ一撃で俺は相手を仕留めていった。


 直剣って奴は使いにくい。切るよりも突きに使ったほうが俺には楽だな。それにこっちのやつらは大きく鉈を振り上げてくるから、前ががら空きだ。水月すいげつ(みぞおち)に剣を突っ込んでやれば、簡単に事切れる。


「凄い」


 後ろからルイーズの声が漏れる。


「見とれてんじゃねぇよ。ちゃんと周りを見とけよっ。やられるなっ!」


 俺が怒鳴ればルイーズがはっと気づいたように、周りをきょろきょろ見回す。なんてな。見えてねぇよ。そんな気がしただけだ。


 十人ぐらいを殺ったところで、残った奴らは逃げ出した。後ろを振り返れば、クワンザたちが馬鹿みたいに突っ立ってやがる。


「おい。逃げるぞ」


 俺の言葉にクワンザが我に返って、俺たちは一丸となって逃げ出した。


 追ってくる連中もいたが、それは俺が蹴散らして、なんとか町を出る。誰もいない林の中に逃げ込んで、漸く足を止めた。


「助かった…」


 クワンザが肩で息をしながら呟いた。


 他の連中も似たりよったりで、息を切らして木に寄りかかったり、しゃがみこんだりしている。ルイーズも同じくだ。ぴんしゃんしているのは俺だけだな。


 はっ。こんなの走ったうちに入らねぇよ。


 俺は剣をその辺にあった葉で何度が丁寧に拭ってから、シャツの裾で拭って、鞘に収めた。打ち粉と丁子油が欲しいが、そんなもんはここにはねぇしな。


「助かったよ。トシ」


 クワンザが俺に言ってから、俺を周りの連中に紹介し始めた。知ってる奴はクワンザのほかに一人だけだ。他はこの町の連中だった。ルイーズも紹介されて、俺たちはまたクワンザの仲間に加わることになる。


「で、この後はどうすんだ?」


 俺が尋ねれば、クワンザが眉間に皺を寄せた。


「町の中に戻る」


「なんだって?」


「町の中にまだ隠れている人たちがいるんだ。その人たちを連れ出さないと…。これだけ厳しくなってれば、隠れているほうも隠しているほうも、かなりヤバイ」


 そりゃ、そうだろうけどな。


「今すぐ戻るのはヤバイだろ。さっきの今だ。しかも隠れている奴らを連れ出しても、その後に隠れる場所がねぇ。足もねぇ」


 クワンザが渋い顔で黙り込んだ。


「こっちを立て直すほうが先だろ? 俺らだって、この林の中にいつまでもいるわけにはいかねぇぜ?」


 周りの連中は俺とクワンザのやり取りを不安そうな顔をして見ている。不安なのは皆同じって奴だな。


 俺はちらりと見回して、傍にあった一番背の高い木に目をつけた。


「ちょっと待ってろ」


 そう言って、するすると木に登る。もちろん人間のできる範囲でだ。ルイーズ以外の奴に俺の正体をばらす気はねぇからな。


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