表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
569/639

間章  紛争地帯(12)

 もう何年も誰も訪れていないような廃屋の中で、違和感で目を覚ましたのは昼過ぎだった。殺気はじゃねぇな。なんだ?


 ほこりっぽい床の上に、とりあえず俺の上着を敷いてルイーズを抱いた。口先だけで、ちっともしないうちに、根をあげたあいつを腕の中に入れて眠った。


 だが腕の中にあいつがいねぇ。静かで…静か過ぎて、俺は辺りを見回す。


「ルイーズ?」


 がらんとした部屋の中には人影はねぇ。耳を澄ましたが呼吸音もない。慌てて起き上がって、周りを見ると手紙が一枚。


 俺が現地の文字は読めないと言ったせいだろう。へったくそな英語だったが、最後の署名はルイーズだった。


 なんとか解読して分かったのは、俺を仲間のところへ返すということ。それから巻き込んですまなかったという謝罪。そして感謝の言葉。


「あいつは…馬鹿かっ」


 俺の裏をかくなんてやってくれるじゃねぇか。さっと身支度をして飛び出して、ルイーズの後を追う。昨晩の状況を考えれば、そう遠くへは行ってないはずだ。


 ほら。見つけたぜ。俺は先を行くルイーズの前に、頭上を飛び越えて降り立った。


「きゃっ」


 小さな悲鳴をあげてルイーズが立ち止まる。


「トシ…」


「トシじゃねぇよ。何やってんだ。てめぇは。俺の傍にいろって言っただろ」


 ルイーズの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。泣きながら歩いてやがるなんて、本当に何やってやがるんだ。こいつは。


「だって」


「だってじゃねぇ」


「トシは…トシは…みんなのところに戻らなきゃダメだよ」


「ああん?」


「ソウジとミヤツキと…えっとアヤノとデブが待ってるよ」


「デブじゃねぇよ。デビだ」


「ごめん」


 俺は盛大にため息をついた。


「おめぇ、俺の話を聞いてたか? 俺らは死なねぇ。年を取るのもゆっくりだ。だからちっとばかりあいつらを待たせたって問題ねぇんだよ」


「でも…トシはここにいたら死んじゃうかもしれない」


「死なねぇよ。俺が死ぬ確率よりも、てめぇが死ぬ確率のほうが高いだろうが」


「確率って何?」


「はぁ。てめぇのほうが死にやすいってことだ」


 ルイーズが黙り込んだ。俺はルイーズの腕を引っ張って抱きしめた。


「いいからてめぇは黙ってここにいろ」


「でも」


「でも無しだ。次に言ったら、その口塞ぐぞ」


「う…うん」


 本当にこいつは馬鹿だ。吸血鬼の俺の心配をしてんじゃねぇよ。泣き笑いの表情で返事をするルイーズに愛しさを感じて、そのまま唇を重ねる。暫く甘い口の中をむさぼっていたら、ルイーズが胸元を叩いてきた。


「く、苦しいっ! トシ」


「うるせぇ」


「酷いよ。『でも』って言ってないのに」


「今言った。黙ってろ」


 俺はもう暫くルイーズを黙らせておいた。





 足元で草が柔らかく潰れていく感触がする中を二人で歩いていく。その下はさらさらした砂地だ。


「トシって俺様だよね」


「ああん?」


「ううん。なんでもない」


「おう」


 また静かになる。まるで散歩みたいだが、俺は人の気配がないか、音はしないか、全神経を使いながら歩いていた。


 昼日中から瞳を紅くして能力を発揮するわけにはいかねぇからな。そのギリギリのところでやるっていうのは、意外に手間がかかりやがる。


 少しばかり坂道を登って、一番上まで来ると遠目に夕暮れに包まれる町があった。東京を知っている俺からしたら小さい町だが、この国にしちゃ大きいほうだろう。米粒の大きさで、石造りのごつごつした家が立ち並んでいるのが見える。


「着いたね」


「もうちょいだがよ。俺が走れば明朝には街に入れるな」


「うん」


 ルイーズが下を向く。


「おめぇ、俺を出し抜こうなんてヘンな気を起こすなよ。てめぇが逃げても何度でも見つけてやるからな」


 そう脅すように言ったとたんにルイーズが笑った。


「うわー。怖いっ。トシ、私に執着してる?」


「ちげぇよっ。いいか。耳をかっぽじってよく聞け。てめぇが本気で俺のことを嫌ってるんなら、1秒で消えてやる。だがよ、そうじゃなくて遠慮してんだったら、俺は遠慮しねぇ。何度でもおめぇを捕まえるから観念して、俺の傍にいやがれ」


「トシ…」


「まったく、てめぇは。人のことを散々好きだなんだと言っておきながら、こっちが本気になれば逃げやがる。何を考えてんだ」


「だって」


「なんだよ」


「トシに待ってる人がいるって思わなかったんだもん」


「ああん?」


「トシは一人で旅してて、誰かと連絡を取るようなことも無かったし。てっきり一人ぼっちなんだと思ってたの」


「なんだそりゃ」


「それなのに、仲間がいたら…ここに留まってもらうわけにはいかないよ」


 俺はルイーズの額を人差し指ではじいた。いわゆるデコピンって奴だ。当然加減はしてる。本気でやったらこいつの頭は簡単に割れるからな。


「痛いっ」


「馬鹿が遠慮してんじゃねぇぞ。言っただろうが。あいつらは何年でも何十年でも俺を待ってられるんだよ。百年なんてあっと言う間っていう連中なんだ」


「でも、トシが死んじゃったら…」


「おめぇな。俺が死ぬのが前提かよ」


「だって嫌なの。トシはこの国の人じゃない。たまたま旅行して、たまたまうちに泊まって…私に付き合って…それで死んじゃったら、トシを待つ人たちに対して、私は何もいえないよ」


 必死にルイーズが言葉をつむいでいく。


「昨日、トシが仲間の話をしているとき、楽しそうだった。凄くいい人たちで、トシもその人たちのことが好きなんだった思った。だから…ダメだよ。こんなところで死んじゃ」


 ルイーズの黒い瞳から、ぽろりと水滴が落ちる。俺はそっとそれを拭ってやった。


「おめぇは、本当に人に話を聞いてねぇ奴だな」


「トシ?」


「俺はおめぇを守りたいんだよ。おめぇを死なせたくねぇ。そんでもってこんなこたぁ、さっさと片付けて、俺の国におめぇを連れて帰るんだ」


 ルイーズが瞬きをして俺を見る。


「だからとっとと、おめぇの同胞を難民キャンプに送りやがれ。手伝ってやっから」


「一杯いるよ?」


「この国にいる程度だろうが。大したことねぇよ」


「そ、そうだね」


「おう」


 印象的な瞳が俺を見上げてくる。


「トシは私を自分の国に連れて帰るの?」


「悪いかよ」


「ううん。トシと一緒に行けるなら嬉しいよ」


「それで…おめぇが…良ければだが…そんときに気が向いたら…俺と長い時を一緒に生きてくれ」


「え?」


「そのときに気が向けば…で、いいが…人間じゃなくなるが…」


 思わず口ごもれば、ルイーズが目を見開いて俺をじっと見ていた。


「トシ…それ、プロポーズ?」


「ああん?」


 そう言われて、考えてみたらそんなもんだと、初めて気づく。なんてこった。俺が結婚の申し込みだ? 馬鹿言いやがれ。


「ちげぇよ。そんなんじゃねぇよ。口が滑っただけだ」


「なーんだ。びっくりした」


「おう」


 ルイーズは一瞬足元に視線を落とした後で、俺を見上げてきた。


「トシ。行こうか。あの町へ」


「そうだな」


 華奢な身体を抱き上げて、喋っている間に暗くなったところへ足を踏み出す。


「運んでやるから寝てろ」


 腕の中でルイーズが驚いたような顔をする。


「落とさない?」


 よりによって、心配はそっちかよ。


「おめぇな」


「嘘だよ。行こう」


 俺たちは闇の中を駆け抜けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ