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間章  紛争地帯(9)

「おめぇ、目ぇ瞑っておけって言ったのに」


「トシ…目…」


「ああん?」


「目が紅い…」


 やべっ。慌てて瞳の色を戻したが、遅かったらしい。ルイーズはまじまじと俺の顔を見ている。


「あ~。これは…だな」


 一生懸命言い訳を考えていたら、腕の中のルイーズがくすりと笑った。まるで場違いなぐらい、ほっとしたような笑みをこぼす。


「ルイーズ?」


「やっぱりそうだったんだ」


「なんだよ」


「あのね。最初にトシが撃たれたとき。トシ…死んでた」


「あ?」


「私確認したんだもん。トシは死んでたの。だけど…生き返ったから。ずっと不思議だった。私のために生き返ってくれたの?」


 俺はぽりぽりと頭を掻いた。


「おめぇの…なんだ。夢っていうか、そういうのを壊して悪ぃが、俺は死なねぇんだよ」


「え?」


「正確に言えば、再生する。だからなかなか死なない」


「そうなの?」


「おめぇのために生き返ったわけじゃねぇんだ」


 ルイーズが目の前で分かるぐらいに落胆する。


「なんだ。私を助けるために生き返ってくれたんだと思ったのに」


「馬鹿だな。そんな御伽噺みてぇなことを信じてんのかよ」


「だって…。じゃあ、なんでトシは死なないの?」


 一瞬躊躇したが、こいつだったらいいか…そんな風に思って、喋ることにした。


「誰にも言うなよ。俺は人間じゃねぇんだよ」


「え?」


「元は人間だったんだけどな。まあ、変な奴に出会って人間じゃなくなった」


「それで死なないの?」


「まあな」


「いいね。どうやったらそうなれるの?」


「いいとか言うなよ。俺は吸血鬼なんだ」


「え?」


 ルイーズが俺をまじまじと見つめてくる。


「吸血鬼? 血を吸うの?」


「ああ。そうだな」


「じゃあ、私のも吸う?」


「いや。吸わねぇ」


「だって…トシが血を吸ってるところなんて見たことないよ? お腹、空いてない?」


 どうも調子が狂うな。そういう場合は、普通はきゃーっとか、わーっとか。なんか怖がるもんだろ。


 そう思いながらも思い出した。


 そういや、俺も宮月の翼を見たときに、怖さよりも驚きが先だったな。それにあいつに対して驚きこそあれ、怖いとか思ったことねぇな。


「今は空いてねぇよ」


「そっか。じゃ、空いたら吸ってもいいからね」


 にっこりと笑ったルイーズに俺はポンと頭に手を乗せた。


「ありがとな」


「トシが私の血を吸ったら、私も吸血鬼になれる?」


 そこかよ。


「なれねぇよ」


「そうなの? 残念」


 耳を澄ましたが、人の気配は無かった。どうやら諦めたらしい。


「そろそろ行くぞ。夜のうちにできるだけ移動する」


「うん」


 こうなったら正体隠す必要はねぇから楽だ。


「全力で走るから、掴まってろ」


「え?」


「ほれ。飛び降りるぞ」


 ルイーズの腕が俺の首にぎゅっと巻きつくのを感じた瞬間に俺は飛び降りた。


 さすがに悲鳴はあげなかったが、それでも怖かったんだろう。ルイーズの身体が硬くなる。だが俺は気づかないふりをして、そのまま走り出した。


 人間よりも早く。夜目が利くこの目で障害物を避けながら、ひたすら走る。


「凄いっ。なんかバイクみたいだね」


「おめぇな。暢気なこと言ってると舌噛むぞ。黙ってろ」


「はーい」


 ルイーズを黙らせて、夜明けまで走り続けた。


 さすがに長時間の全力疾走はきついな。適当に見つけた空き家に入ってルイーズを下ろして、肩で息をした。


「大丈夫?」


「ああ。なんともねぇ。久しぶりに全力で動いたから、ちっとばかり息が切れた」


「凄かったね。凄く早かった」


 ルイーズが興奮して、俺の周りを飛び跳ねながら喋る。ガキか。こいつは。まあ、まだ十代なんだよな。そう言えば…。思わずコイツを抱いたときの肌理きめの細かさを思い出して頭を振った。やばい。やばい。そんなもんを思い出している場合じゃねぞ。


「おめぇ。とりあえず跳ねるな。うるさい」


「あ。ごめんなさい」


 とたんにルイーズはしょんぼりとして、立ち止まった。家の中を見回せば、薄っすらとする血の匂い。天井にまで飛び散った紅い色。きっとここも被害者の家だったんだろう。


「あ、地下室みたいのがあるよ。食べ物、ないかな」


 ルイーズが降りようとする。


「馬鹿。勝手に行くなっ」


 俺はルイーズを追いかけたけれど遅かった。とたんにブーンと大きな音がして、一斉に黒いものが飛び回る。


「きゃっ」


 ルイーズが軽い悲鳴をあげた。虫なんて見慣れているが、これだけ大量だとさすがに俺も顔をしかめたくなる。


 蝿が飛び去った後の地下にあったのは、死体だ。飛び散った血と、宙を睨んだままの男の死体が、俺たちに顔を向けて座り込むようにしてあった。ルイーズの動きが止まる。足がすくんだな。


「これ…」


「ここの家の奴だろ。ここもおめぇと同じ民族の家だ。被害者だよ」


「そんな…」


 気づいてなかったのかよ。血の匂いだらけだ。


「とりあえず、そこにいろ。奥に缶詰があるから取ってくる」


 死体の奥、階段からの明かりが届かない棚にいくつか缶詰があるのが見えた。ルイーズの飯になると思って、死体を超えて棚のところまで行く。


「おい。投げるから受け取れ」


「う、うん」


 ぽいぽいと食べられそうな缶詰を見つけては、ルイーズに放る。家主はここに立てこもる気だったのに、見つかったんだろう。


 ふっと壁と棚の間に、布に包まれた細長いものを見つけた。何かと思って布から出してみれば、剣だ。幅広の直剣。ありがてぇ。日本刀が一番いいが、まだこれでも使える。


 俺はそれを持って、たくさんの缶詰を抱えたルイーズのところへ戻った。


「何それ」


「剣だよ。剣」


「使えるの?」


「まあな」


 にやりと笑ってみせれば、ルイーズは隣で缶詰を抱えたまま「ふーん」と声を出した。


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