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間章  紛争地帯(8)

 難民キャンプでガソリンを分けてもらい、帰りは本来通るべき道を迂回して、道無き道を進んだ。二人だからな。多少道が酷くてもなんとかなる。行きとは逆に昼に進み、夜にはわずかばかりにある林の中や岩山に車を突っ込んで休む。荷台に二人して寝転べば星が見えた。


「トシ」


「なんだよ。眠れねぇのか?」


「ううん。えっと。うん」


「どっちだよ。おかしな奴だな」


 そっとルイーズの手が俺の手に伸びてくる。


「もう一回、抱いて」


「ああん?」


「勇気が欲しいの。頑張れるように」


「おめぇは頑張り過ぎ。頑張らなくていいんだ。だから勇気なんかいらねぇよ」


「そ。そうだよね」


 静かになった。すぐに寝息が聞こえ始める。なんだかんだいっても、慣れない環境だ。身体は緊張するし、疲れが出たんだろう。俺もしばらくその寝息を聞きながら、ゆっくりと意識を落としていった。


「いやっ! 止めて。お願い。いやぁ」


 突然の悲鳴に目が覚める。何だ? 寝ぼけた頭で隣を見れば、ルイーズがガクガクと震えていた。誰かが傍にいるわけじゃねぇ。俺たち意外の気配はなかった。


「おい。どうした」


 身体をゆすってやれば、ビクリとして、そして俺の顔を見て安心したように抱きついてきて泣きじゃくり始めた。


「夢を見たの。あの時の夢。怖かった。凄い怖かった」


 寝る前にあんなこと言うからだ。まったく。


「安心しろ。夢だ。夢。もう過去だ」


 それでもルイーズは俺から離れない。俺の耳に遠くの人の話し声が入ってきた。なんだか分からねぇが用心に越したことはねぇ。


「移動するぞ。人が来た」


 そう言った瞬間に、ルイーズはシャンとして、荷台から毛布ごと降りると、すぐさま助手席に乗り込んだ。俺も自分の分の毛布を丸めて持つと、運転席に乗り込み、エンジンをかけた。


 無言。車の中で聞こえるのはエンジンの音のみ。追手はどうやら無かったらしい。久しぶりの夜の運転で、そのまま道路に出るとライトを消して車を走らせた。


「やっぱりライト、消すんだ?」


 ルイーズがぽつりと言う。


「そりゃあそうだろ。見つかる確率が少ねぇほうがいい」


「見えてるの? こんなに暗いのに?」


「何度言わせるんだよ。俺は夜目が利くんだ。見えてんだよ」


「ね。トシ?」


「ああん?」


「私、トシが凄く好き」


「おう」


「本気だよ。本気で好きだよ」


「ありがとうな」


「ちょっと。本気にしてないでしょ」


「本気なのは分かった。だがよ、俺は前に言ったとおりだ。特定の恋人を作る気はねぇ。結婚する気はねぇ。この国にとどまる気もねぇ」


「うん。でも特定じゃなかったらいいよね? 何人かいるうちの一人でもいい」


「おい」


「だって、トシ、今は他に恋人…いる?」


「…いねぇよ。悪かったな」


「だから…。いい。他の人ができてもいいから。私の恋人でいて?」


 俺はため息をついた。


「おめぇ、どれだけ不毛なこと言ってるか、わかってんのか?」


「うん」


「やめとけ。俺は本気を受け止められるような男じゃねぇよ」


「いい。だったら子供だけでもいい。トシの子供が欲しい」


「はぁ。まったく何を言ってんだ。おめぇは。それに俺の子供なんてできねぇよ」


 ついうっかり口を滑らせたとたんに、ルイーズがこっちを向いた。


「え? トシ、種無し?」


「ちげぇよっ!」


 思わず思いっきり否定してしまった。


「じゃあ、なんで」


「色々あんだよ。とにかく。運転に集中するから、黙ってろ」


 ようやくルイーズが黙った。


 しばらく車を走らせたところで、遠めに妙なものがあるのが見えた。ちっ。バリケードが張られてやがる。


 ぐるりとハンドルを回して、車を道路からはずせば、とたんに車がバウンドし始める。


「どうしたの?」


「道の先が封鎖されてた。だから外れた」


「見えたの?」


「見えた」


 ガタガタと揺れる車の中をエンジン音だけが響き渡る。畜生め。夜目が効くっていっても、道じゃねぇ場所を走るのは、やりにくい。ハンドルが勝手に動こうとしやがる。


 パーン。間延びした破裂音が聞こえた。タイヤのパンクか? いや。こいつは、違う。銃声だ。もう一発聞こえたところで、いきなり車がスリップする。


「ちっ」


「何?」


「こっちにも待ち伏せがいたってこった。人間なんて小さくて見えねぇよ」


 俺はスリップする車をなんとか立て直そうとしたが、横滑りに横転した。ダダダッと言う音。連射式かよ。数人で撃ってきてんな。


 横転した車の中で、俺は窓を開けた。ちょうど頭上が開く形だ。


「おい。無事か?」


 俺の脚元にいるルイーズに声をかければ、微かに大丈夫という声が聞こえた。手を差し出して、肩と思えるところを掴んで引き上げる。


「いいか? 俺に掴まっとけよ」


「トシ?」


「ここにいても仕方ねぇだろうが。抜け出すぞ」


「え? でも撃ってきてるよ?」


 俺は有無を言わさずに片手でルイーズを抱きしめると、窓枠に手をかけた。上手くジャンプして、車の裏に隠れれば、少しはしのげるだろう。


「行くぞ。声、出すなよ。目ぇ瞑っとけ」


 まっすぐに飛び出して、そのまま宙返りして車の後ろに着地する。そして銃弾が追いかける中で、一目散にジグザグに走り出した。


 背中に何発か食らったが、再生したのを感じたから大丈夫だろう。俺はともかく、腕の中にいるこいつに弾を当てねぇようにしねぇとな。


 出来る限りのスピードで走って、奴らを引き離す。そのまま林に飛び込んで、一番高い木の上まで登りきった。暫くは安心だろう。


「いいぞ」


 そう言って腕の中のルイーズを見れば、ルイーズは驚愕の表情で俺を見ていた。


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