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間章  紛争地帯(7)

 生き残った奴と俺たち。暗い林の足元がおぼつかない中、歩いていく。とりあえずまだ追っては来ていなかった。


「おい。車だ」


 林の向こう。農家の家の前にトラックが止められていた。俺の声にクワンザも車に気づいたようだ。俺に頷いてみせた。


 ちらりと見ればクワンザは足に怪我をしていた。大した怪我じゃねぇが、何かあったときに対処が遅れれば命取りだ。


「俺が行く」


 乗りかかった船だ。もう何でも来やがれ。お節介だとは思ったが、そう言っていた。


「車…大丈夫か?」


「古い奴だから直結すればいけるよな? それだったら大丈夫だ」


 旅の間に車の運転も覚えたし、鍵がない車の動かし方も覚えた。何をやってるんだって? そういうのを教えてくれた奴がいるんだよ。まあ、気にすんな。


 俺は足音を立てないようにそっと車の傍に行く。窓が少しだけ開いていたのをこじ開けてドアの鍵をあけて中に入り込む。


 習ったとおりにやれば、エンジンがすぐにかかった。車の運転だってお手の物だぜ。ま、幕末生まれを舐めんなよ。


「乗れっ!」


 俺はエンジン音を聞きつけて出てきた家のやつを振り切って、林の中に車を突っ込んだ。


 全員を荷台に乗せて走り出す。どこへ行けばいいのかわかんねぇが、とりあえず人がいないところだろ。ひでぇ揺れだが、こいつは俺の運転のせいじゃねぇ。道のせいだ。多分な。


 バックミラーに銃を持ち出してくるのが見えたが、すでに距離は取ってあったから、当たらなかった。


 面倒なギア操作をしながら林を抜けて、車が走っていない道路に抜けたところで、一旦車を止めた。


「大丈夫か?」


 後ろに行けば、皆が青白い顔をしている。まあな。相当なスピードで走ったし、道が悪い中だった。それにちっとばかりギアチェンジをしくじった覚えはある。かなり揺れただろう。


「それで? どうする?」


 俺はクワンザに視線をやった。


「トシ。このまま彼らを難民キャンプまで送ってくれないか」


「ああん?」


「僕らは隣町まで行く。もしも合流する気があれば、隣町に来てくれ」


 クワンザは俺の耳元に囁いた。


「君たちが帰ってこなくても、僕は恨まない。むしろルイーズのことを考えたら帰ってこないほうがいい」


 ああ。そういうことか。


「いいぜ。引き受ける」


 クワンザがほっとしたように笑った。


「行くぞ」


 俺は助手席にルイーズを乗せ、荷台に避難する連中を乗せて出発した。町を出れば次の待ちまでは、人家はねぇ。ほとんど砂漠って言っていいぐらい、荒涼とした土地が続く。岩山といえばいいのか。高低差がある中に、わずかばかりに低い木がぽつりぽつりと生えている景色だ。なんとか道と思える程度に整備された道を走らせる。


 行きは比較的スムーズに進んだ。俺が目と耳を澄ましながら運転してっからな。エンジンの音が邪魔だが、それでも近づいた車は向こうが気づく前に気づける。なんとか岩陰なんかに回避してやり過ごす。それだけじゃ、見つかっちまうって。そうだろうよ。


 だから昼は車を隠して、夜にはライトを消して車を走らせたぜ。ルイーズは真っ暗な中で走ることに恐怖を覚えていたらしいが、俺には真昼間のように見えるから問題ない。


「トシ。見えてるの? 本当にこの暗闇で見えてるの?」


「見えてっから心配すんな。事故ってねぇだろうが。心配だったら、黙って寝てろ」


 俺とルイーズのやり取りはいつも同じだった。こいつ、本当に信用しねぇんだから。


 こうして国境の向こうの難民キャンプには比較的に楽についた。


「どうする」


 俺の問いに、今まで手を振って連れてきた人に別れを告げていたルイーズが振り返る。


「ここに残るか?」


「なんで残るの? 戻らないと」


 わかってねぇな。


「クワンザはお前をここに残したくて、俺に移送を頼んだんだよ」


 ルイーズの目が見開かれた。


「もういいだろ? 解放軍ごっこは。みんな死んだ。どんだけ危険なことに首突っ込んでるか分かってんのかよ」


 そう言った瞬間に、ルイーズは俺にずいっと顔を寄せて睨みつけてくる。


「分かってるに決まってるでしょっ! 分かって無いのはクワンザとトシじゃない。今まで、女じゃないとダメな時だってあったでしょ」


 まあな。場所によっては女しか入れないところもある。そういうときにルイーズは重宝したのは確かだ。


「それに、今辞めたら、死んだ人たちが浮かばれないっ。そんな中途半端なこと、私はやりたくないっ。私がゆっくり休むのは、国がこんな馬鹿げたことを止めたときよ」


 怒鳴っているのに、涙を浮かべてやがる。こいつは泣き虫なんだか、気が強いんだか分かんねぇ女だ。


「てめぇの命だ。俺は口を出さねぇ。好きにしろ。戻るんなら、行くぞ」


「トシ?」


 ルイーズがおずおずと手を握ってきた。


「一緒に戻ってくれるの?」


 俺は呆れてため息をつく。


「おめぇな。車無しでどうやって戻るんだよ。おめぇが運転できんのか?」


「できない」


「一人で戻れるわけねぇだろうが。行くぞ」


「うん」


 ルイーズはにっこりと微笑んで、俺の横に並んだ。


 まったく厄介なことに首を突っ込んだもんだ。そう思いつつ、突き放せないのは相当のお人よしだな。まったく。


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