間章 紛争地帯(6)
この場所は袋小路だ。撃ってくる奴らを相手に突破口を開くしかねぇな。
「クワンザっ!」
「なんだ」
叫べば、意外に近くから返事があった。そちらを見ればすぐ傍に伏せている奴が見えた。
「俺が突破口を開く。そうしたら皆を連れて逃げろ」
「トシっ!」
ルイーズが悲鳴のような声をあげる。
「大丈夫だ。俺は死なねぇ。だから安心しろ」
「そ、そんなこと言って…一人でなんて無理よ」
真実を告げたんだが、それは伝わらなかった。まあ、そうだろうな。
「いいから。言うことを聞け」
広間の隅までじりじりと這って行って、こんなときのために置いてあった斧を両手で掴んだ。そして力を全開にして突進する。肩だの足だのに弾が当たっているのは感じるが、痛い程度で動けねぇほどじゃねぇ。
まずは入り口のところの三人。腹を狙ってなぎ払う。それから外にいる奴。首をすっ飛ばす。飛び散った血をペロリと舐めれば、美味かった。
次にこちらに向かって来ている奴ら。頚動脈を狙ってなで斬りにする。次から次へと血しぶきが上がった。殺した奴の身体が汚水に落ちて、派手に水しぶきがあがる。血はともかく、汚水の水しぶきは浴びたくねぇから、身体を捌いて回避した。
さらに足音がした。新手か? 急がねぇとやばいな。
「クワンザッ!」
叫べば、広間から人が出てくる音がする。
暗闇の中、細いライトに照らし出される血まみれの俺に、一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、それでも何も言わずにクワンザは生きている奴らを誘導して、さらに奥へと進んでいった。
俺はその移動を見ながら、あたりを見回す。新手の奴は迎え撃つとして、ホントにこれで終いか?
もう一人いた。そいつは俺の目を見て座り込んで震えていた。は。今更遅いんだよ。そいつも首をはねようとして、俺はちらりと後ろを見てから方針を変えた。
クワンザたちは振り向きもせずに去っていく。新手はまだ来ていない。灯りの無い暗闇の中だ。誰も俺を見ていない。悪いが、こいつは俺の食事だ。
俺は残った奴の首に牙を立てた。新鮮な血が流れ込んでくる。美味だ。
食事が終わって暫くしてから、新手が到着した。地下道の天井に張り付いて奴らが来るのを待って、そっと後ろに飛び降りた。
背中から斬り付ければ、奴らは面白いぐらいに混乱して同士撃ちを始める。いくつか俺の身体をかすって再生するのを感じたが、さっき食事をしたばかりだ。身体の調子は絶好調。どうってことたぁ無い。
誰かが叫ぶ声がするが、それも知ったこっちゃない。叫んでいる奴らはどうせ敵だ。俺は淡々と新手の奴らを手にかけていった。
耳を澄ますが、これで本当に終いだった。俺は血だらけの身体のまま、ルイーズたちの後を追った。
地下道の先。それはいくつもの出口に通じている。人間だったら見えないだろう血の跡や、感じない体臭を追って、俺は走った。
抜け出た先、林の中でルイーズたちを見つけた。
「ルイーズ」
俺が声をかけたとたんにルイーズの身体がビクリと揺れる。恐る恐る振り返った顔は驚きで満ちていた。
「トシ。トシ。トシ」
「ああ。俺だ」
「トシ」
「だから俺だって」
「トシ…」
俺の名を呼ぶ以外は、何も言えずにルイーズは抱きついてきた。
「トシ」
「おめぇ、抱きつくな。俺は血だらけだぞ」
「いいの。トシがいるって思えるからいい。抱きつきたいの」
「馬鹿か」
そう言いつつも、抱きついてくる細い身体が突き放せなかった。カサリと足音がして、クワンザも近づいてくる。
「トシ」
「おう」
「助かった」
「ああ。で? 何人残った」
クワンザは首を振った。
「十人居ない…。せっかくの第二陣も…数人だ」
解放軍の仲間で残ったのが俺らも入れて五人。第二陣で行くはずだった奴らが四人。合計九人が生き残りだった。畜生め。
「どうする」
俺の問いにクワンザは首を振った。
「とりあえず…第二陣をなんとしても難民キャンプに届けたい。だが…足の調達からだ」
思わずため息が出る。
「おめぇらも難民キャンプに行くっていうのはどうだ? もう充分やったろう?」
とたんにクワンザが俺を睨みつけてきた。
「馬鹿言うな。まだまだこの国に残っている同胞はたくさんいるんだ。今にも死に掛けている同胞が」
ま、そうだな。
「怒るな。悪かった」
はっとしたようにクワンザが表情を変え、そしてバツが悪そうに尋ねてきた。
「最初に聞くべきだった。トシ。ケガは…」
「ケガなんてしてねぇよ」
そう言った瞬間にクワンザとルイーズの両方から安堵のため息が漏れる。ま、正確に言やぁ、もう治ったっていうべきだが、伝えるこったねぇな。
「とにかく移動したほうがいいぜ? この出口もすぐに見つかるんじゃねぇか?」
「そうだな。移動しよう」
クワンザの掛け声の下に残った人間がぞろぞろと林の中を移動し始めた。
ルイーズは俺の傍に寄り添うようにして居る。
「クワンザ。次の当てはあるのか?」
クワンザが頷いた。
「とりあえず隣町で活動していた組織を頼ろうと思う。うちよりも大きいし、なんとかなるだろう」




