間章 紛争地帯(5)
ようやく案内された場所はちょっとした広さで、工事途中で投げ出したような場所だった。そこに戸板を立てかけてドアが作ってある。中は途中まで掘り起こしたような壁と地面が見えてやがって、足元には石が転がっていた。そこに数人の男が思い思いの格好で座り込んでいる。
俺たちのことをギョロリとした目が睨むように見やがるから、俺も平然と見返してやった。こんな奴ら、何人いようが驚きゃしねぇぜ。ルイーズは少し気圧されたように、俺に背を預けてきたから、肩を抱いてやる。
ぐるりと見回せば、壁際には運び込んだ物資と思われるものや手斧や旧式のライフルなどが立てかけてあった。
「民族解放軍へようこそ」
「民族…軍?」
ルイーズが問えば、クワンザが苦笑いをする。
「勝手に僕らが名乗っているだけだ。今は僕らの民族は見つかったら殺される。隠れている人も多い。だからそれを隣の国の難民キャンプまで送り届けようと思っている」
ルイーズの目が瞬いた。
「それ…私も入れてください」
「ルイーズ」
「女性が必要な場合だってあるでしょ? お願いします」
「しかし…本当に危険なんだ。すでに死んだ仲間もいるんだよ」
ルイーズは首を振る。
「構いません。私はもう死んだも同じなんです。もう誰も死ぬところを見たくないんです」
クワンザはふっとルイーズの顔を覗きこんだ。
「君の家族は…」
「殺されました。ケイトすらも…」
「そうか…。君だけでも生き残って良かった」
「彼の…トシのおかげなんです。助けてもらったんです」
初めてクワンザの視線が俺に向いた。
「君は…」
「俺は、ルイーズの家で厄介になっていた。この国には数日前に来たばかりだ」
「ああ。君が…。小さな村だからね。話題になっていたよ」
ルイーズが俺のほうを向いた。
「トシ。私は彼らと行く。だから…大丈夫」
おいおい。
いくら同じ民族とは言え、気が立った男連中の中に、こんな若い女を置いていくなんざ、鴨がネギを背負って来たようなもんだろうが。
はぁ。俺もまったく厄介なもんに関わっちまった。気になってしようがない。
「おい。もう少し付き合ってやる。俺がいるほうが便利なこともあるだろう?」
正直、こいつらの中で働くのは気が進まなかったが、そう言うしかない。とたんにルイーズが嬉しそうに笑って俺に抱きついてきやがった。
「ありがとう。トシ! 本当は心細かったの。でも縛っちゃいけないって思って…」
「いい。とりあえず暫くはおめぇと行動を共にしてやる。どっちにせよ急ぐ旅じゃねぇんだ」
ルイーズは俺の腕に自分の腕を絡ませた。
「その…彼は君の…」
クワンザが俺とルイーズを交互に見ながら、ルイーズに尋ねた。ルイーズは俺と一瞬視線を交わしたのちに、にっこりと笑って答える。
「トシは、私の好きな人なんです」
ここはこれに乗っておくほうがいいな。部屋の野郎共の視線が痛いがルイーズのためだ。
「ま、そんなとこだ」
俺は否定せずにルイーズの恋仲を演じることにした。
それから数日間、俺らは町に出て仲間が隠れて居そうなところを探ってはあの地下に連れてくるということを始めた。夜はあの下水の匂いがする広場で休む。ひでぇ匂いで眠るどころじゃねぇが、仕方ねぇ。
数日で収拾されると思われていた事態は、いまだ硬直状態のままで、どこの隠れ場所も限界が来ている。だから逆に俺らの申し出はありがたく受け入れられ、徐々に地下に人が集まり始めた。
「車がいるな。分乗して国境を目指す」
車が調達され、第一陣の難民が隣の国まで無事逃げ延びたと知ったとき、皆は歓喜に包まれた。その中でリーダーとなっていたクワンザが、皆を引き締める。
「おい。気を抜くなよ。第二陣もあるんだ」
そう言ったときだった。俺の耳に足音を殺して侵入してくる複数の足音が聞こえたのは。
「気をつけろ! なんか変だ」
「え? 何だって?」
クワンザが要領を得ずに聞き返してくる。
「侵入者だ」
そう言ったとたんに、バタンとドアが開いて見張りに立っていた奴が走りこんできた。
「大勢がこちらに」
その言葉は最後まで言えなかった。バババッと閃光が走り、銃声が聞こえて走りこんできた奴が倒れる。
俺はとっさに傍にいたルイーズの上に覆いかぶさるようにして伏せた。次々に部屋の中にいる奴が倒れていく。くそ。埒が明かねぇ。反撃しようにも銃声が途切れる間がねぇ。




