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間章  紛争地帯(4)

 ルイーズはいた。水の中で気が狂ったように自分の肌をこすり続けていた。俺は慌てて水の中に入って、ルイーズの両手を掴んだ。


「何してやがる」


 両手は氷のように冷たくなっていた。唇も真っ青だ。


「だって…汚いの。私、汚いの」


 ルイーズがぼろぼろと涙を流す。


 俺は無理やりルイーズを抱きかかえると、河原に落ちていた彼女の服を拾って洞窟へと戻った。


 すでに火はくすぶる程度になっていたが、それでもここのほうが暖かい。なるべく身体を見ねぇようにして服を着せてやったが、ルイーズの涙は止まらない。


「おめぇ。風邪ひくぞ」


「だって…汚いんだもの。私、汚くて」


「おめぇは汚くなんかねぇよ」


 そう言った瞬間に、ルイーズが俺を睨んできた。


「じゃあ、トシ、私を抱ける? あんなにたくさんの男に穢された私を抱ける?」


「何言ってやがる。おめぇは穢れてなんかいねぇよ」


「そんなこと聞いてない。私を抱けるの? どうなの?」


 言葉に詰まった俺に、またルイーズが泣き始めた。


「ほら。抱けないじゃない。汚いの。もう私は汚いんだもの」


「おめぇな。そういうこと言うんじゃねぇよ。抱いて欲しいんなら抱いてやる」


 そう言いきった瞬間に、ルイーズの涙が止まった。驚いたように俺の顔を見る。なんだよ。自分で言っておいて。


「おめぇこそ俺でいいのか? どこの誰とも知らない奴だぞ? 俺がどんな奴か知らないだろ。それでもいいのか?」


「知ってる」


「ああん?」


「知ってる。トシ。優しい人だもん。最初に抱かれるなら…あんなことになるなら…トシに抱かれておけば良かった」


「おめぇ。何を馬鹿なことを」


「馬鹿なことじゃないっ! 最初に見たときからトシに魅かれてた。カッコいいって思ってた。映画の中の人みたいだった。だからうちに呼んだの。ずっと居てくれればいいって思ってたの」


 俺はため息をついた。女にモテるのはいいが、状況がマジすぎる。


「俺は特定の恋人は作らねぇ。結婚する気もねぇ。それでもいいのかよ」


「いい」


「いいわけねぇだろ。遊びだって言ってんだぞ」


「いい。トシがいい」


「馬鹿やろう」


「トシが抱いてくれたら、綺麗になれる」


「おめぇは汚れてねぇんだから。俺が抱いても変わらねぇよ」


「変わる」


「それに俺はこの国にとどまる気はねぇぞ」


「それでもいい」


 押し切るように抱きついてきて、唇を押し付けてくるルイーズに俺は観念した。





 昼の明るい陽の中で目が覚めた。


「何も変わらなかっただろ?」


 横で目を覚ましたルイーズに言えば、彼女はにっこりと笑って俺を見た。


「変わった。私。強くなる」


「そうかよ」


「うん」


 そして再び夜まで待って、俺らはもっと大きな都市まで出てみることにした。




 途中の村で俺はルイーズのために庭先に乾してあった洋服を拝借した。別の場所では顔を隠せるように大きなショールも。


 あの夜にポールを呼び出したドミニクというのは、ポールの友達で、民族が違うのだそうだ。


 移動した先での情報によれば、民族間争いが起きていて、ルイーズのいた民族が殺されていることが分かった。理由はよく分からねぇ。


 知り合いがいない俺たちは、とりあえず俺がはっきりと外国人と分かるのが幸いして、ルイーズが肌を隠してしまえば、寄ってくる奴は居なかった。


 建物と建物がくっつきあい、狭い道が続く街角の人通りは、やけに少ない。歩いている人間もどこか警戒したような表情で早足に過ぎていく。


「あ、あの人…」


 ルイーズが指差した先に、フードで顔を隠した男がいた。


「多分…クワンザさんだ…。同じ村の同じ民族の人。生きてたんだ…」


「よし。追いかけようぜ」


 俺たちはルイーズの知り合いだというその男を追いかけた。人通りが無くなった裏通りで、追いついてそいつの腕を掴んだとたんに、凄い力で抵抗される。


「クワンザさん!」


 ルイーズの声が響いて、そいつが大人しくなった。


「その声は…ルイーズか」


「そうです。クワンザさん。よくご無事で」


「君こそ」


 二人ががっしりと手を取り合う。クワンザは四十代と見られる奴だった。


 そのまま街中にいるのも危険だというので、クワンザの案内でどこかの建物の裏口から入って、そのまま地下道に抜ける。地下道といえば聞こえがいいが、下水道だ。暗闇でも見える俺の眼には見たくもない虫やらネズミやらが見える。


汚物の流れる脇の辛うじて人が通れる場所をクワンザの背に続いて歩いていく。秘密の通路といったところだろう。分岐を覚えていくのは骨だと思ったが、曲がるべき場所にはさりげなく小石が置いてあった。


 灯りはクワンザの持つ小さな懐中電灯だけだ。普通だったら後ろに続くやつは、足元を見るのが辛いだろう。俺はルイーズの足元に気をつけてやりながら、男の後に従った。

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