第5章 大和屋燃ゆ(6)
井戸の傍で僕はしゃがみこんだ。
ふぅ~危なかった。
なんであんなことになったか分からない。
ジャリ。ジャリ。
石を踏む音がして、誰か来た。足音からすると…
「俊」
総司だ。
「どうして…。どうしてあんなマネを」
総司が悔しそうな顔で言う。
「あんなマネって…」
「本気を出してくれたら良かったのに! そうしたら土方さんだって、近藤さんだって、俊のことを認めてくれたのに」
土方さんと近藤さん?
しばらくの逡巡の後、総司は言った。
「幹部候補を聞かれたんです。きちんと隊にしようって。それで私は俊を推薦しました。でも、みんなは俊を知らないんです。だから私より強いって言ったんです」
「買いかぶりだよ」
「ごまかさないでください! 私の突きを避けたでしょ!」
あ~。やっぱり気づいてたよね。うん。
多分、気づいたのは動体視力がいい彩乃と、突きを放った総司だけだろうとは思ってた。
突きが来た瞬間、僕は自分から吹っ飛んだ。
全力で自分の力を使ったから、相当な威力で吹っ飛んだように見えたはずだ。
事実、みんな僕が総司の突きを食らったって、信じてたしね。
総司は…多分、手ごたえから気づいたんだろうな。普通だったら気づかないぐらいに、かなり上手くやったんだけどな。
「土方さんや近藤さんに認められる機会だったんですよ。他の皆にも」
総司が僕の隣に座りこんだ。二人して、井戸に寄りかかる。ひんやりして気持ちがいい。
総司は拳を握り締め、唇を噛み締めている。うっすらと涙すら浮かべていた。
ごめん。総司。僕にとっては、土方さんからの評価も、近藤さんからの評価も、どうでもいいんだ。
総司の中で、近藤さんは一番で、近藤さんから認められたら嬉しいだろう。そしてその気持ちは凄くわかる。
多分、僕が普通の人間で、普通の青年で、この時代に生きる人だったら、この壬生浪士組に想いのある人だったら、きっとそれは嬉しかったはずだ。そのチャンスを総司は僕にくれようとしていた。
だから、ごめん。総司。君の気持ちを無にしちゃって。
総司は立てた両膝の上に両手を組んで、そこに額を乗せた。僕からは表情が見えなくなる。
一瞬、彩乃と同様に頭をなでようとして、僕の手は止まった。
危ない、危ない。
ここで頭をなでたら、殴られるな。
ま、それもいいか。
「何してるんです」
「ん? 慰めてる」
ばっと総司が顔をあげる。頭をなでていた僕の手は払われた。
「なんで私が慰められるんです! 残念なのは俊でしょ! 認められる機会だったのに。残念じゃないんですかっ! 悔しくないんですか!」
思わず僕は無意識に微笑んでしまった。
君の気持ちが嬉しい。
君は莫迦だよ。
こんな僕に一生懸命になって。
どこの誰とも知れないのに。




