表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
559/639

間章  紛争地帯(2)

「お母さんっ!」


 ルイーズが叫けびかけたのを慌てて口を塞ぐ。女の泣き声混じりの悲鳴が続いていた。ダンダンと荒い足音がして階段を登ってくる。ここも時間の問題だ。


 俺は両手にルイーズとケイトを抱えこんだ。窓の外を見れば、下にはぐるりと家を囲んでいる人々。宮月の野郎のように翼でもあればよかったが、あいにく空は飛べねぇ。


 仕方なく標的を外の一番高い木に定めた。


「いいか。ここから逃げ出す。しっかり俺に捕まってろ」


「お母さんは…」


 助けてやりたいが、多勢無勢。こっちは丸腰。こいつら二人を守るのが先だろう。


「今は自分が助かることを考えろ」


 まだ半ば混乱している二人に言い聞かせて、俺はカーテンを引っぺがすと、二人の身体を自分に巻きつけた。


 すでにドアが壊れかけている。


「行くぞ」


 俺は窓枠から隣の大きな木に向かってジャンプした。


 目標よりはやや下に落ちたが、なんとか木に乗り移る。人間じゃ登ってくるのに時間がかかるだろう。


 俺はそのまま次の木へと飛び移った。その瞬間、俺の意識は真っ黒になって、落ちた。




 目を覚ますと、飛び移ろうとした木の真下に俺は落ちていた。


 頭に手をやれば、血の跡。何が起こった? 周りを見回せば、ご丁寧に弾が落ちていやがった。


 どうやら頭を撃たれて意識を失っていたらしい。なんてこった。頭は気をつけろと言われていたが、幸運なことに再生したんだろう。


 そこで思い出した。ケイトとルイーズ。


 よろよろと立ち上がれば、家がばちばちと燃えていた。動いている奴は誰もいない。よろよろと家のほうへ歩いていけば、何かが足に当たった。


 視線を落とした先にあったのは、裸で体中から血を流して死んでいるケイトだった。


 あいつらは…。こんな小さな子供にも手を出したってことか。


 周りを見回せば、ボロくずのようになったケイトの洋服が落ちていた。それをかけてやって、目を閉じさせて、両手を合わせて拝んだ。


 足元に注意しつつ歩けば、すぐ傍にルイーズもいた。土にまみれて、やはり全裸だ。身体のあちらこちらから血が流れていた。


 ルイーズに駆け寄って抱きかかえれば、微かに心臓の音が動く音がする。慌てて人口呼吸をしてやれば、呼吸音が戻ってくる。


 ふるふると睫が揺れて、その瞳が開かれた。


「っ!」


 最初に見えたのは嫌悪の表情。悲鳴をあげそうになったところを、手で口をふさいだ。


「俺だ。ルイーズ。分かるか? トシだ」


「…。ト…シ?」


「ああ。大丈夫か?」


 こんだけやられて、大丈夫かもねぇが、それ以外に声をかけようが無かった。


「痛い…身体中が痛いよ」


「ああ。すぐに手当てしてやる」


 俺は周りを見回して、ボロきれのようになったルイーズの洋服を見つけた。ひでぇもんだが着ないよりはマシだろう。


 身体にかけてやって、両手で抱きかかえる。


 ちらりと家のほうへ視線をやれば、ドアのところも燃えていて、ポールの死体が見えた。ポールは足と胴がバラバラになって山積みにされていた。


 頭と腕は家の中で燃えているようだ。こんな光景をルイーズに見せる必要はねぇ。


 そのままルイーズを抱きかかえて、俺は人が居ない道を走り始めた。


 しばらく走って見つけた林の中でそっと身を潜める。とりあえず雨露をしのげるところ…と思って探したが、平坦な場所が多いこの村では難しい。俺は諦めて比較的大きな木の下にルイーズを下ろした。


「ケイトは…」


「今は自分のことを心配しろ」


 殆どの荷物はルイーズの家に置いてきて燃えちまったが、肌身離さず持っていた小型のナイフと宮月の薬。隠しもっていた財布やパスポートと言ったもんは残っていた。


 宮月の薬。あいつの唾液だか何だかしらねぇが、万能薬だ。俺自身が使うことは少ねぇが、旅の中では一緒になった奴を助けることが多い。


 ポケットから薬を取り出し塗ってやろうと見れば、ルイーズは再び意識を失っていた。呼吸と心音はしていたから、俺はそのまま全身に薬を塗りたくることにする。意識があるよりはやりやすい。


 ルイーズの身体は酷でぇ有様になっていた。


 本当は傷口を洗ってやりたいが、川もなければ、水がねぇ。そう考えて、舐める…という選択肢を思いついたときに、俺は無意識に喉が鳴っていた。


 さっき再生したせいか、血を見たせいか。えらく喉が渇いていた。


 ルイーズが気を失っているのをいいことに、俺は殆ど無意識に身体を舐め始めた。血の味が少しずつ喉の渇きを潤していく。


 一番傷が酷い下半身はさすがに舐めるのを躊躇して、ハンカチを出して拭ってやった。その上で薬を塗りこんでやる。これでしばらくすれば、少しは良くなっているだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ