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The Wedding Day (8)

 久しぶりに戻ってきた日本家屋の家は、彩乃と総司の匂いがした。二人は今晩から新婚旅行で、成田の傍のホテルに泊まっているはずだ。


「ねぇ」


 レイラが僕の腕の中で、見上げてくる。僕らは母屋の、前に僕が使っていた部屋に一緒にいた。


 今晩はザック叔父さんも、クリスタルも、キーファーたちも、デイヴィッドたちも、この母屋に泊まっている。


 さすがにそんな状況だから、ただ単に僕はレイラを抱きしめて体を横にしていただけだ。布団は彩乃たちが乾しておいてくれたのか、温かくほんのりと太陽の香りがした。


「彩乃たちの結婚式、素敵だったわね」


「そうだね。キーファーがあんなに歌が上手いと思わなかったよ」


 そう言ったとたんにレイラが、腕の中でくすくすと笑いだす。


「良かった。きっとあなたが驚いて、しかも喜んでくれるわよって言ってひっぱりだした甲斐があったわ」


「え? 君が手配したの?」


「彩乃から相談されたの。結婚式で時間が持たなくて…。何かないかって」


 なるほどね。


「歌手活動ってホント?」


「ふふ。まあ、半分本当かな。今の組織を作る前に、色々調べるためにクラブやカジノなどに歌手として出入りしていたらしいわ」


 あ~。一体何十年前の話だ?


「皆に喜んでもらえたみたいだし。本当に凄くいい結婚式とパーティーだったわ」


「君も結婚式がしたい?」


 考えてみたら、僕らの場合はきちんとした式はせずになし崩し的に結婚しているような状況になってしまった。まあ、一族らしいといえば、一族らしい。


 レイラがちょっとだけ考えるそぶりを見せる。


「君が挙げたいなら、僕はいくらでも、何回でも付き合うよ? なんだったらどこか名の知れた教会を貸切にしてもいい」


 そう言うとレイラが吹き出した。


「あなたは私に甘すぎるわ」


「そう?」


「ええ。そのうちに…そうね。挙げたくなったら…。あ。でも、新婚旅行には行きたいわ」


「新婚旅行?」


「ええ。なんでもいいのだけれど、二人きりで旅行…したことないでしょ?」


「まあね」


 旅行というか仕事で出張はしたことがあっても、確かに旅行と言えるようなものはしたことがないな。


「あなたと同じものを見て、感想を言い合ってみたいわ。面白いことに気づけそう」


「そうだね。どこか行くのはいいかもね」


「彩乃たちはオーストラリアに行ったのよね?」


 僕は頷いた。彩乃と総司はエアーズロックに登りたいと行って、オーストラリアに向かっている。今はウールルっていうんだっけ。


 新婚旅行をどこにするかは、二人してかなり悩んでいた。僕にも電話がかかってきてお勧めを聞かれたし、トシのほうにも連絡して、お勧めを聞いていたらしい。


 そんなの。僕らの人生なんて長いし、行きたいところは全部行けばいいのに…と言ったら、「お兄ちゃんはわかってない」と彩乃に怒られた。


 新婚旅行は一生に一度しかないから、思い出に残るところがいい…そうだ。別にどこでも思い出に残ると思うんだけどね。


 僕からは、その場所でしか見られないものを見たほうがいいよ、とだけ言った。


 自然の雄大な景色や、歴史的な建物など、その国のその場所でしか見られないものを見にいくなら価値があるだろう。


 結局、砂漠のど真ん中にある聖なる岩の塊(Uluru = Ayers Rock)と、南十字星が見たいという理由によって、彩乃たちはオーストラリアに決めたらしい。


 最後までアイスランドで見られる地球の割れ目のギャオとどちらにしようか迷っていた。アイスランドはイギリスから近いから、反対側のオーストラリアにしたという理由もあるようだ。

 

僕は前にみたエアーズロックを照らす朝日と、頂上から見る何もない平原を思い出した。さらに砂漠の真ん中で、降るように見える星々。きっと同じものを彩乃と総司も見るのだろう。


「レイラはどこへ行きたい?」


 ちょっと考えてから、レイラは僕の顔を見る。


「まずは…そうね。せっかくだから熊野古道か屋久島へ行きたいわ」


「へ?」


「だって日本の世界遺産でしょ?」


「あ~。確かに」


「行ったことある?」


「無いな。うん。両方とも無い」


「じゃあ、初めてのところへ私と一緒に行きましょう?」


 細くて柔らかい腕が優しく抱きついてきた。うん。それも悪くないね。せっかく日本にいるんだ。そういうのも悪くないだろう。


「それだったら京都もいいよ。もちろん僕は初めてじゃないけど、案内してあげられる」


「そうね。あなたの案内で行く京都もいいかもね」


 レイラは微笑んだ。


「あ」


 レイラが思い出したように顔をあげて、僕の腕の中から抜け出していく。


「どうしたの?」


 僕の問いには応えずに、レイラは自分のバックから取り出した封筒を渡してきた。


「何、これ?」


「彩乃からよ。あなたに渡して欲しいって頼まれてたの」


 白い封筒を僕はそっと開けて、中身を取り出す。彩乃の字が便箋に書き連ねてあった。


 読み終わって思わずレイラに背を向けたら、レイラは分かっているかのように、そっと僕の背中に寄り添う。暖かい感触に感謝しながら僕は何も言えなかった。







 お兄ちゃんへ。


 お兄ちゃん。本当は披露宴の最後でお礼を言いたかったけれど、みんなの前で言えないことが多かったので、やめて手紙にします。


 今まで、本当にありがとう。


 育ててくれて、一杯いろんなことを教えてくれて、ありがとう。


 いつもわたしのことを守ってくれて、ありがとう。でもわたしもお兄ちゃんのことを心配しているから、無理しないでね。


 わたし、幕末に行って良かった。総司さんと会えたのもあるけれど、お兄ちゃんと一緒にいろんな体験をしたこと、絶対忘れません。


 滝のシャワーを浴びるために、お兄ちゃんと一緒に飛んだこと、今でも思い出します。凄く楽しかった。もう一緒に飛ぶ機会はなくなっちゃうかもしれないけれど、たまにでいいので、わたしと一緒に飛んでね。


 本当はリリアにも書くように言ったんだけど、恥ずかしいんだって。でもリリアも凄くありがとうって言ってます。


 総司さんと結婚しても、わたしはお兄ちゃんの妹です。


            彩乃&リリア









The wedding day. The End.

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