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間章  カレイドスコープ

--------- アルフレッド視点 -------------


 中世期のアンティーク家具。足に美しい装飾を持つ円卓の大きなテーブル。それに合うようにデザインされた名の知れたデザイナーの椅子。毛足の長い絨毯。天井を見れば立派なシャンデリア。


 その一室に集うのは、黒いスーツを着て正装した強面の男たちだ。年齢は様々。その中で一番若く見えるのが、黒いスーツの中で唯一白い民族衣装に身を包み、じゃらじゃらとアクセサリーをつけた中性的な男だろう。


 そして次は私か? だが我々二人が誰よりも年上であることを、多分、このメンバーたちは薄々気づいている。


「あの物件はダメです。とにかく住人が動かない」


 古いアパートの立ち退きが上手く行かず、苦労している幹部の一人が汗を拭きながらそう申し立てた。


 秋も半ば。そう暑い時期じゃない。だが男の額から汗が引くことはない。


 白い服の男…キーファーはつまらなそうにその幹部を見た。


「言い訳はそれだけ?」


「あの場所は、身寄りのない老人や、母子家庭を優先的に受け入れている物件なので、立ち退かせようにも人権擁護団体も絡んでいまして…」


 男がまた汗を拭う。キーファーは片肘を机につけ自分のドレッドヘアの一本をくねくねと動かしながら、男を冷ややかな眼差しで見ている。


「下手なことをすれば、こちらの事業が不味いことになります」


 幹部は我々の組織が管理する表側の事業の社長だった。


「もう立ち退き請求は出ているし、工事の許可も下りているはずだ」


 他の幹部が口を出す。


「そ、それはありますが…住民がまず立ち退かないと…」


「うちの若いものをつれて行けば」


「それはダメです。黒いうわさが立ったら、それは命取りだ」




 古いアパートを壊して、かなり安い料金で運営する病院を作る。ターミナルケアとしての病院だ。それから献血所も。


 幹部たちに対する説明は、裏世界からの臓器提供のクリーニング。実際のところは一族に対する血液提供のためのルート。死んだところで血液を全部抜いてしまえば、今よりも安定した供給ができる。


 まあ、多少の品質は落ちるけれど、それは安価に提供することで補えばいい。


 一族すべてが裕福なわけではない上に、我々とは違う家系からも血液ニーズがある今、多少質が悪くても取引が成立する見込みが大きくあった。




 キーファーがふっと目を細める。この瞬間が私は一番好きだ。この瞬間を見るために、この男、いやこの方の傍にいるといえる。


「アパートごと壊せばいい」


 意味が取れなくて、一同が静まり返る。


「そうだな。夜中に土台を吹っ飛ばせ。そうすればアパートも人間も一気に消える」


「あ、あの…アパートには子供も…」


 キーファーが鼻で嗤った。


「だから?」


「いえ」


「C4(爆弾)を…三箇所ほど仕掛ければ、建物が崩れ落ちる」


 一同があっけに取られたようにキーファーを見る。人を人と思っていない決断。これこそが、彼が彼である証。


「あとは古いアパートだったから土台が崩れていた…とでも発表させればいいさ」


「いや…でも…」


「場所は指示する。どこに仕掛ければ効果的に崩れるか」


 キーファーがちろりと舌を出して唇を舐めた。妖艶で、人間離れした雰囲気。その雰囲気の中で彼の唇が弧を描く。


「人間も建物も一緒だよ。弱いところがある。そこを突けば、簡単に崩れる。人が居なくなれば、人権擁護団体も黙るだろ?」


 誰もが静まってしまった中で、キーファーはすっと嗤いを消した。


「事前に計画を漏らしたら…どうなるかわかっているよね? 例え相手が子供であっても救うことは一切許さない。いいね?」


 皆が顔色をなくして頷いた。




 その後の議題はすんなりと進み、会議が終わったところで最初の男が呼び止められた。


「ねぇ」


「は、はい」


「次に、俺の命令に対してできない…なんて言ったら、君の席は無くなるよ。ついでに…」


 そこで言葉を切って、くすりと嗤う。


「俺の遊び相手になってもらうから。よろしくね」


 男の顔が真っ青になった。


「俺としては、失敗してくれるのを楽しみにしてるよ。じゃあね」


 ひらひらと手を振って男から離れ、キーファーは奥のプライベート空間へと入っていく。私もそれに続いた。




「設計図…持ってきてよ」


 キーファーが気だるげに言う。私はすぐに持っていた書類を差し出した。


「さすがフレッド」


 そう言いながらも私のほうはちらりとも見ずに、設計図を睨み、そして彼の目が紅くなった。


 一族は能力を発揮するときに瞳が紅くなる。彼が本気になっている証拠だ。


 キーファーはくるくると3箇所ほど丸印をつけると、私に設計図を戻してきた。


「そこ。そんなに大量に爆薬を使わなくても、すぐに崩れる。後の手配はよろしく」


 キーファーの瞳の色はすでに元に戻っていた。


「相変わらず素晴らしい」


「はっ」


 キーファーはつまらなそうに嗤う。


「こんな能力。アニキは人を操れる上に、一族ですら操れる。その上…」


 キーファーがふっと言葉を切った。じっと私を見つめてくる。


「ねぇ。フレッド。なぜ俺がアニキをこんなに崇拝しているか知ってる?」


「えっ…。それは…」


 考えてみたら、私が出会ったころからキーファーはすでにあの方に対して、まったく別格の反応を示していた。それはいとこという血の繋がりだと思っていたのだが、そうではないのかもしれない。


 うかつなことを言わずに、キーファーの出方を見る。


 それは正解だったようだ。キーファーは私の答えを待たずに話し始めた。


「アニキは完璧なんだよ。俺の能力によるとね」


「それはどういう…」



 キーファーの能力は、構造を見抜く能力だと聞いている。建物などだけではなく、人間の弱いところなども見抜く。逆に言えば、だからこそギリギリまで生かしておいて痛めつけるということが可能だ。


 要の部分さえ狙わなければ、死ぬほどの痛みは感じても死ぬことはない。気が狂うことはあっても…。



 私の問いにキーファーは意味深長な笑みを浮かべた。


「アニキは特別なんだ。それ以上は、俺とアニキの…いや、俺だけのヒミツ」


 私は黙り込んだ。


 キーファーの目がまるで獲物を狙う猛獣のように光っている。こういうときに手出しをするのは非常に危険だと本能が告げていた。


 ぷるるる…。


 張り詰めた空気を破るように机の上の電話が鳴る。強張った身体を動かして、無理やり電話を取れば、聞こえてきたのは女性の声だった。


「ハロー? えっと、アルフレッド? それともキーファー?」


「あ~。フレッドです。あの…」


「ごめんなさい。レイラよ。キーファーはいるかしら?」


 私はちらりとキーファーを見た。この会話は聞こえているはずだ。しかしピクリとも関心を示さない。


「あのね、キーファーにお願いしたいことがあって。きっと彼を驚かせて喜ばせることができると思うんだけど」


 この女性が代名詞でこんなときに「彼」と呼ぶのは一人しかいない。その瞬間に、キーファーが突進するように私の手から電話を奪った。


「何っ! アニキを喜ばせるのっ?」


 ハイテンションの声。さっきまでの重苦しい雰囲気は皆無だ。


「あ。キーファー? え、ええ。彩乃の結婚式があるんだけど…」


 彼女が説明をしていく。キーファーは一も二もなく同意した。


「やるよっ! 俺、やるっ! アニキのためならどこへでも行くし。アニキが喜ぶなら、やっちゃうよっ!」


 頬を赤くそめてぶるぶると震えている姿。さっきまでの同一人物だと思えない。




 一族としての残忍なほどのクールさ。深淵を覗き込むかのような心の闇。その一方で見せる底無しの明るさ。


 一体どれほどの表情をこの男は私の前で見せてくれるのだろうか。


 そしてどんな自分を見せても絶対に私が離れないと思っている不遜なほどの信頼感。このたった一人の男に私は嵌っていく。




 それは遠い少年の日に覗いたカレイドスコープ(万華鏡)に似ていた。一度として同じ模様は繰り返されない。筒を少し動かしてしまえば、もう違うものが現れる。




 今は一生懸命、いとこの結婚式に向けて打ち合わせする彼を、私は眩しいものを見るような気持ちで見つめていた。


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