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間章  名前のルール

---------- 彩乃視点 -----------


 久しぶりに大学時代の友達に会ったの。久しぶりって言っても三ヶ月ぶりぐらい。


 日差しがまだきつくて、待ち合わせのコーヒー屋さんから見る外は見るからに暑そう。逆にコーヒー屋さんはクーラーが効いていてちょっと寒いかな…というぐらい。


 オレンジジュースを飲みながら待っていたら友達に笑われた。


「彩乃。お待たせって…相変わらずジュースなんだね」


「おかしいかな?」


「ん~。おかしくないけど、彩乃らしい」


 よくわかんない。


「彩乃~」


 そのタイミングで千津ちゃんも来て、荷物を置いてカウンターに飲み物を買いにいく。




 皆が揃ったところで、わたしは忘れないうちにと思って、バッグから封筒を取り出した。


 わたしと総司さんの結婚式の招待状。


「わぁ~。本当に結婚しちゃうんだね~」


「彩乃が就職しないで、専業主婦になっちゃうってなんか意外」


「そう? 結構ありだと思うけどな。彩乃ってわりとのんびりしてるから向いてるかも」


 口々に言う中でわたしは黙って微笑んだ。


 就職しないのって皆に訊かれたけど、難しいなって思った。お兄ちゃんに相談したら十年ぐらいだったら勤めても大丈夫だよって言われたけれど…。


 総司さんとも相談したの。就職して仕事をする経験をしておいたほうがいいよって言われもした。


 でも数年以内に辞めないといけないのに、仕事をするのは悪い気がする。だって友達は一生勤めるつもりで仕事を探しているのに、わたしは数年のために仕事を探すのって…。


 レイラちゃんは笑った。欧米ではステップアップするために数年で辞めるのは当たり前にあることで、逆に一生同じ会社に居ようなんて思う人のほうが珍しいのよって。


 どうしたらいいか迷っていて、考えて考えて、自分が何をしたいか考えた。


 でも見つからないの。




 働かざるもの食うべからず。


 学生時代は終わったから、何か働かないとダメだと思う。


 まずはできることをやろうと思って、自分に興味があることでアルバイトを探した。


 それが洋服屋さんの店員。週に二回ほどのその仕事は、今まで社員だった人が急に辞めてしまったための臨時採用。


 この夏からやってるんだけど…。でもしっくりこない。


 これでいいのかな?


 そう思うの。




「彩乃? どうしたの?」


 ぼーっとしていたわたしの顔を友達が覗き込んでくる。


「さてはマリッジブルーだね」


 一人が訳知り顔に言い出した。


 マリッジブルー?


 わからなくて思わず首を傾げれば、友達からじっと見られる。


「知らないの? 結婚前の女性がなるんだよ。このまま、この人と結婚していいのかしら? とか思って、暗くなるの」


「え? 総司さんと結婚できるのは嬉しいよ?」


 とたんに呆れたような顔をされてしまった。


「はいはい。ご馳走様」


「でもさ。あたしたちの年で結婚とか、早いと思ったりしたことない?」


 わたしはその言葉に首を振った。


「え? 無いの?」


「だって…ずっと結婚したかったけど、お兄ちゃんから大学卒業するまでダメって言われてたから」


「でも一緒に住んでたよね」


「うん」


「えっと…すること…してるよね」


 わたしは分からなくて、首をかしげてじっと見たら、こっそりと耳打ちされた。とたんに頬が赤くなる。


「そ、それは…」


「だよね?」


「う、うん」


 思わず慌てながらも肯定すれば、友達がじっと私を見る。


「じゃあ、結婚してるのと同じことじゃん」


「あ、そうかも」


「何が変わるの?」


 わたしは思わず考え込んだ。


「えっと…名前?」


 考えてみたら、わたしの名前、どうなるんだろう。お兄ちゃんに訊いてみないとわからない。


「そっか~。沖田彩乃になっちゃうんだね~」


 千津ちゃんがにこにこしながら言った。


 そのとたんに実感が沸いてくる。そっか…わたし、宮月彩乃じゃなくなっちゃうんだ…。


 沖田彩乃。


 おきたあやの。


 慣れないかも…。



 でも慣れないといえば、もう一つのドルフィルスという苗字だって慣れない。呼ばれたことないもん。



「じゃ、そろそろ行く?」


「うん。ショッピングして~、カラオケして~。最後は飲みに行くのね」


 千津ちゃんが言ったコースをこなす私たちには、あまり時間が残されてないもんね。


 わたしたちは勢い良く立ち上がった。




 その夜、総司さんと一緒にお兄ちゃんに電話する。


「お兄ちゃん。わたしの名前、結婚したらどうなるの?」


「え? 沖田彩乃」


「そっちじゃないの。一族としての名前は?」


「ああ。それか」


 お兄ちゃんがふっと笑った。


「結婚した場合には、相手の姓をもう一つくっつけるね。そう言えば。だから彩乃の苗字はドルフィルス・宮月・沖田になる」


 うそっ。凄い長いんだけど…。


「じゃあ、総司さんはどうなるの?」


「えっと…彩乃と結婚するから、彩乃のどっちの姓を貰うかだね。決まりは無かったと思うけど。両方もらってもいいし。沖田・ドルフィルスでもいいし、沖田・宮月でもいいし、両方もらって沖田・ドルフィルス・宮月にしてもいい」


「それって…もしも子供ができたらどうなるの?」


 お兄ちゃんは少し考え込んだ。


「えっと…両方の姓を貰ってくるから、沖田・ドルフィルス…かな? 沖田・宮月にしてもいいけど。一族だったらドルフィルス姓を貰っておいたほうがいいよ」


「そうなの?」


「一応、一族の中では名が知れてるからね。そういう意味では、少しばかり将来に役立つかも」


 総司さんも私の隣で唸っている。


 分かりづらいよね。うん。


「えっと…お兄ちゃんとレイラちゃんは?」


「僕らのところは、同じ姓同士だから変わらない」


「え? そうなの?」


「正確に言えば、僕の場合はドルフィルス・宮月・ドルフィルスだけど…。ああ、でも用心のためにレイラのもう一つの姓を貰っておこうかな。そうしたら下手に名前を知られなくていいよね。うん。そうしよう」


 どうやらお兄ちゃんの名前はさらに長くなる予定らしい。


 それ以上長くしたら、わたしも覚えられなくなっちゃうよ? お兄ちゃん。


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