間章 パーティー
---------- レイラ視点 ----------
薄紫の背中が大きく開いた裾が長いシルクのドレス。あわせてシルク・オーガンジーのショール。首にはダイヤモンドとサファイヤのネックレス。耳にはおそろいのイヤリング。
髪を軽くアップにして首から肩のラインが綺麗に見えるようにする。ん。こんなものかしら。
コンコンと軽いノックの音が聞こえた。鏡越しに見れば、彼が入ってくるところ。
「ああ。いいじゃない。そのドレス」
「そう?」
くるりと回って見せれば、近づいてきて腕をとられて、首筋にキスを落とされた。
「まずいね。凄く襲いたくなる」
くすぐったくて首をすくめれば笑われた。彼も黒のタキシードで正装している。軽く髪をかきあげる袖口には、私のネックレスとそろえたサファイヤのカフス。
再びノックの音がして、今度は栗毛色の髪を持った男性が入ってくる。見た目の年齢は三十代後半ぐらい。
「リー、レイラ、用意は…できたみたいだね」
そして彼は両手を広げて、大げさに驚いてみせる。
「レイラ。素晴らしいよ。まるでミューズ(美の女神)が舞い降りてきたみたいだ」
隣でショーンが嫌な顔をした。
「ジム。彼女は僕のものだからね。口説き落とそうとか考えないでよ」
半分本気のような口調で冗談めかしていえば、男性…ジムがにやりと嗤う。
「リー。本当に君かい? そんなに素直に感情を表すのは初めてみたよ」
「まあね。数十年も経てば、丸くもなるさ」
肩をすくめて苦笑いしている彼を見て、ジムは笑みを深くした。
「さて。ショータイムだ。えっと…名前はどうしたらいい?」
「どうせファーストネームは頭文字しか公表してないんだろ? どっちにしてある? R? S?」
「Sだ」
「じゃあ。僕は、ショーン…はダメか。サムにしておこうか」
私が睨んだから、彼は名前を変えた。ショーンはダメなの。私しか呼んじゃいけない名前なんだから。
ジムがそれに気づいて、くすくすと笑う。
「OK。じゃあ、レイラは?」
「リリー…かな。同じLだし」
今日はジムが主催している身内のささやかなパーティー、という名目のお披露目会。私と彼の会社が提携するためのパーティー。
大株主二人を呼び出すだけの力があるということをジムが周りに見せ付けて、そして提携に持ち込むという作戦らしい。
役者か何かに代わりを頼めばいいと思うのに、ジムは本物じゃなきゃダメだと言い張って、仕方なく私もショーンもここにいるの。
大金持ちであることを匂わせるための上等なドレスに、イギリスの屋敷の地下から持ち出したアンティークの宝石たち。
私はこっそりショーンを盗み見る。やっぱり彼は素敵。
一緒に受けたマナー講座では、百年以上前のことだから忘れているといいつも、彼のマナーは完璧に近くて、先生から褒められていた。
私は…忘れちゃったわ。それでもなんとか恥をかかない程度には思い出したつもりよ。
アルバート叔父様が生きていらして、そしてイギリスの屋敷で一族が揃うパーティーが行われていたころには、母から礼儀作法のことを言われて、いろいろ気をつけていたわ。
大きな戦争が始まる前ね。
それでも私が参加できたのはほんの数年。すぐに第二次世界大戦が始まって、そういう雰囲気ではなくなってしまった。
それはともかく。
正装した彼は一緒独特の雰囲気があって、やっぱり本物じゃなければダメだというジムの言葉も分かる気がするの。
彼がすっと腕を私に差し出してくる。その腕に私は軽く掴まって…そしてジムが空けている部屋のドアを通った。
すぐに外で待機していたデイヴィッドとジャックがぴたりと前後につく。彼らも今日はタキシード姿。
なんか自分が凄くセレブになった気がする。彼も同じことを思っていたみたい。こっそりとつぶやいてくる。
「なんか金持ちになった気分だ」
「気分じゃなくて…あなた、お金持ちなのよ?」
彼は肩をすくめた。
「ダメだね。自分の金という気がしないから、慣れないよ。どうやら貧乏性らしい」
思わず私はくすくすと笑った。
「それにこうやって上等の服を着ているよりは、ジーンズとシャツで、寝転がって本を読んでいるほうがいい」
半ば本気でいっている彼を呆れて見上げれば、掠めるように唇が触れる。
「まあ、綺麗になった君を見るのは目の保養になるけどね」
「もう」
デイヴィッドとジャックを見れば、聞こえないふりをしている。ジムもそう。まさか彼がこんなに甘くなるなんて…誰が想像していたかしら。
私はぎゅっと抱きつきたいのを押さえて、ほんの少しだけ彼の腕にかかっている自分の手の平に力をこめる。
「秋にももう一回パーティーが…ああ、でも日本の結婚式だとそんなドレスを着ることはないな」
「そうね。ワンピースぐらいにする予定よ」
「そうだね。それぐらいでいいかも。このパーティーもそれぐらい気楽に出られるようにすればいいのに」
文句を言う彼に思わず苦笑する。
「終わったら…和食の店にでも行って、ゆっくりとお寿司でも食べましょう」
そのとたんに彼は嫌な顔をした。
「勘弁してよ。バジルソースがかかっていたり、アボガドが乗っていたりするスシ・レストランなんて、和食とは言えないよ。あんなのをありがたがって食べる人の気が知れないね」
私たちの会話を聞きつけて、先を歩いていたジムがくるりと振り返る。
「おいおい。今日のパーティーの食事は有名なシェフを手配して用意しているんだ。その後で|ビッグアップル<ニューヨーク>の寿司を食べる算段なんてしないでくれ」
ショーンが肩をすくめた。
「僕が言い出したんじゃないよ。このミューズに言ってよ」
慌てて私は否定をする。
「別にジムが用意してくれる食事が不味いって言ってるわけじゃないわ。ただ緊張すると思うから」
「はぁ?」
隣で無遠慮に問う声がした。
「誰が緊張するって?」
「私」
「君が人間相手に緊張しているところなんて見たことないよ。僕の前では数回、緊張していたけどね」
「その数回のうちの何回かは、あなたが悪いのよ」
「そう? 覚えてないな」
ああ。もう。こう言えば、ああ言う。私は悔しくてちょっとだけ意地悪をする。
「ああ。そう言えば、パーティーの終わる時間を教えてってキーファーが言ってたわ」
彼は心底嫌そうな顔をした。キーファーはあんなにこの人のことが好きなのに…。少しかわいそうかも。でも譲ってあげる気はないけど。
「一番遅い時間を教えておいて」
「あら。遅くても行くの?」
「行く。どっちにせよ、キーファーに会ったら一晩中つき合わされる。だったら、遅い時間に行ってさっさと朝まで付き合って帰ってきたほうがいいよ」
やっぱりちょっとだけ…かわいそうだったかしら。彼にもキーファーにも。
そうやって話しているうちに、パーティー会場まで来てしまった。さて。ここからが本番。
「堂々としていれば大丈夫。何かあったら僕がフォローするよ」
彼はそう言って、私ににっこりと微笑みかけた。




