間章 謎の家
モブ視点です。
-------- ご近所さん視点 -----------
思い出すのは数年前のこと。私がまだ高校生のときのこと。ピンポーンとなった音にインタフォーンを覗き込めば、立っていたのはイケメンだった。
「えっ」
思わず固まって、ママを呼ぶ。
「ママっ! イケメン。イケメンがいる」
ママは台所から手を拭きながら出てきた。
「何言ってるの? 奈々子」
「ホントだって。ほら。インターフォン見て!」
そう言ったところで、もう一回、ピンポーンと音がした。
「ごめんください」
ママと一緒に玄関に行ってドアを開ければ、ハーフっぽい格好いい男の人が立っていた。
「お隣に引っ越してきました宮月と申します。良かったらこれ…」
ぺこりと挨拶をして、白い箱を差し出す。ママが驚いたような顔をして受け取った。私も一緒に驚く。
だってお隣って、忍者屋敷とか、お化け屋敷とか言われてる、馬鹿みたいに広い家だよ? 周りの庭木が凄いし、家も広そうだし。今まで誰も住んでなかったのに…。
「あ、あの…お一人ですか?」
男の人…宮月さんがにっこりと笑う。いくつぐらいかな。二十歳ぐらい? 大学は卒業してるかも。二十代の半ばかな。
背は結構高くて細身。茶色の目が綺麗で、鼻筋が通っていて、さらさらした髪の毛が涼しげな感じ。テノールの声は優しくて、いい声をしている。
「妹やいとこ、友人と一緒に住んでいます。剣術道場をやっていますので、煩かったら申し訳ありません」
剣術?
「え? 剣道の先生なんですか?」
私が横から口を出せば、宮月さんは苦笑いした。
「僕じゃなくて、義理の弟が先生をやってるんです」
あ。この人じゃないんだ。
「じゃあ、失礼します」
そう言って立ち去ったその人は、ピンと伸びた背筋も印象的だった。
それから学校へ通うときに宮月さんのお屋敷の前を通るのが、私の通学路になった。ほんのちょっと遠くなるけど、それでも楽しみがあるんだもん。
「おはよう…ございマス」
「おはようございます」
宮月さんのお屋敷の前を通るたびに挨拶をする男の子。同じぐらいの年っぽいけど、日本人じゃないのかな。毎朝、家の周りを箒を持ってきれいにしている。ママ情報によると、近所のスーパーでも良く会うんだって。
ちょっと小柄で、恥ずかしそうに微笑みながら挨拶してくれるんだよね。
家の前を通りすぎてから、ちらりと後ろを振り返ったら、ゴツイ外国人の男の人に呼ばれてた。なんだか分からないけど、外国人の男の人で、すっごく筋肉モリモリなのが二人いるの。
学校帰りに友達と駅前のデパートに寄れば、雑貨売り場のところで綺麗な女の子を見つけた。
あの人だ…宮月さんの妹…だと思う。前に綺麗な人だと思ってみていたら、門の中に入っていったから、きっとそうだと思うの。
傍には優しげな男の人が立っていた。二人で一生懸命、何かを選んでいて、その雰囲気が凄くいいの。
宮月さんもカッコいいけど、あの男の人もカッコいい。純和風な感じで、剣道の先生って言われたら納得する感じ。
「あら。奈々子」
家に帰る途中で、ばったりママと一緒になってしまった。ああ。この道は…。
「いいところにいたわ~。買い物に付き合いなさい」
やっぱり。荷物持ちコースだ。黙ってママについていったところに、毎朝会う男の子がいた。大きな外国人の男の人と一緒に買い物をしている。
私とママを見ると、二人してペコリと挨拶をした。私もペコリと挨拶をして…なんとなく見ていたら、二人は手元のメモを元に買い物をしているみたい。
「次は…メシナダ…」
大きな男の人が言う言葉に、男の子のほうが首をかしげた。
「何?」
「メモに書いてある」
「聞いたこと、ない」
凄いな~。二人とも外国人なのに会話が日本語なんだ。そんなことを思っていたら、二人が一生懸命メモを見てるから、私もうっかりじっと見ていたら、男の子と目があった。
「あっ。ごめんなさい」
思わず謝れば、二人が寄ってくる。
「すみません。これ。読んで。デス」
えっと。これを読めばいいのかな? メモに書かれていたのは、「ナツメグ」
「ナツメグ」
声に出せば、その瞬間に二人が顔を見合わせた。
「ああ。ナツメグ」
大きな男の人のほうが頷く。
「ジャック、知ってる?」
男の子が言えば、再び男の人が頷いた。
「spiceだ。日本語で…あ…」
「香辛料?」
ママが口を出した。
「こうしんりょう」
男の子が首をかしげる。
「買えばいいの?」
私が訪ねれば、二人が頷く。私とママは二人をいろんなスパイスがある棚に連れていった。
「これね」
ママが見つけ出して男の子に渡せば、男の子が頭を下げる。
「ありがとう…ござ…マス」
「ありがとうございます、ね? どういたしまして」
「はい」
男の子の頬がほんのり赤くなった。
「日本語、勉強中…デス。すこし。すみません」
なんかカワイイんだけど。やだ。ちょっと好みかも。隣で大きな男の人も頭を下げた。
「ありがとうございます」
こっちは凄いきれいな日本語。
「お二人は…外国から来たの?」
ママの言葉に二人が顔を見合わせてから頷く。
「どちらから?」
「イギリスです」
「中国から、きた、ました、デス」
きゃ~。なんか舌足らずでかわいい。私が心の中でもだえている最中も話が進んでいく。
「宮月さんのところの方よね?」
「はい」
大きな男の人のほうが答えた…けど、それで終わり? どんな関係なのか知りたいんだけど、答えてくれなくて、男の子のほうへ視線を移せば、困ったような顔をしていた。
きっと上手く日本語が出ないんだろうな~。
「お買い物はそれで終わりですか?」
見れば、二人のカゴにはたくさんの食材が入っている。重そうなのを軽々持っているし、男の人は身体が大きいから、なんかカゴが小さく見えるよ。
「私たちも終わりだから、一緒に帰りましょうか」
ママが言えば、二人は顔を見合わせたあとで、こくんと頷いた。男の子が大きな男の人にカゴを預けると、ママのカゴに手を伸ばす。
「カゴ、持つ。大丈夫」
そう言ってニッコリと笑った。ママもついうっかりカゴを渡している。ママの心の声が聞こえるよ。絶対、こういう息子が欲しいと思っているよね? 私をちらちら見ないでよ。
帰り道。大きな男の人はジャックさんという名前だった。凄い荷物なのに、それを軽々と一人で持っている。そして男の子は亮くん。彼が我が家の荷物を持ってくれている。
「あのお家には一体何人が住んでるの?」
私が聞けば、亮くんがじっと考えて、ジャックさんと視線を合わす。
「常に数人います」
ジャックさんがそっけなく返事をした。うーん。なんだろう。上手く日本語が通じなかったのかな?
「あ、今日ね、宮月さんの妹さんを見た…と思うよ? 駅前に男の人と一緒に居たけど。きっとそうだよね」
亮くんがちょっと首をかしげてから、こくんと頷いた。
「彩乃さん、今日、駅前行く、言った」
「やっぱり。綺麗だよね。お兄さんもハンサムだけど、妹さんも綺麗なの」
「え~。ママ、妹さんを見たことないわ~。そんなに綺麗なの?」
「うん。凄くきれいだよ。かわいいし。お人形さんみたいなの」
「いいわね~。美男美女の兄妹で。ご両親も鼻が高いでしょうね」
私とママの会話を、亮くんとジャックさんは黙って聞いている。
そして門のところに来たところで、ひょいっと顔を出してきた人がいる。
「おう。ジャック。買い物か。デビが探してたぜ」
凄い。今度は純和風のイケメンだ。まじまじと見ていたら、向こうからもにらみ返された。やだ。ちょっと怖い。でもそこがいい感じ。
「トシ。近所の方だ」
ジャックさんがそう言うと、純和風のイケメンはとたんにきっちりと頭を下げた。
「失礼致しました。こちらで世話になっておる土方と申します」
いきなりの綺麗な挨拶に思わずママはしどろもどろになる。私? 私もに決まってるよ。なんでこんなにこの家、素敵な人が多いの?
「あ、こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
ママがぽっと頬を染めながら挨拶をした。あ。ママの好みかも。こういう、すっとした顔つきの俳優、好きだもんね。
あれ以来、ママと一緒にスーパーに行くと、たまに亮くんとジャックさんに会っていた。朝は学校に行くときは、毎日。亮くんに挨拶してから行く。
たまに亮くんのお母さんに会うこともある。亮くんはあの家で住み込みで働いているんだって。偉いな~って思う。
ジャックさんともう一人の外国人の男の人、デイヴィッドさんも、あの家で働いている人なんだそうだ。
それからもう一人、住んでいる人がいた。金髪の凄い美人。宮月さんの彼女じゃないかと思ってるけど、良く分からない。亮くんに聞いたら、『彼女』って言う言葉が分からなかったみたいで、それを説明しただけで終わってしまった。
ママ曰く、どうやらお隣のお家は財産を相続したんだって。ママの友達が聞きつけてきたみたい。
そしてあの金髪美女と宮月さんが一緒に歩いているところが、何度も見られているから、やっぱり恋人なんじゃないかっていうのが、ママの友達の予測だそうだ。
亮くんには彼女のうわさが無いみたいで、ちょっと安心した。
けれど数年して、亮くんやジャックさんは引っ越してしまったらしい。見かけるのは妹さんとその旦那さん…宮月さんの義弟だけになってしまった。
どこへ行っちゃったのかな? 亮くん。姿を見かけないのが、少しばかり寂しい。
この時点では、まだ彩乃と総司は結婚していませんが、俊哉としては説明が面倒なので「義弟」と言っています。




