終章 新たなる始まりへ
イギリスの新緑の季節。無造作に見えながらもその実、計算されている英国式庭園を見ながら、僕は手紙を閉じた。ちらりと門のほうを見れば、デイヴィッドがジャックと何かを話しているところだった。
まったく。相変わらずトシは古風だ。メールを送ってくればいいのに、手紙なんて。あれから数年。現在、南米にいるらしい。マチュピチュの遺跡に感動したなんて書いてあった。しかし…本当に世界をぐるりと歩いて武者修行をしてくるつもりだろうか?
いや。トシならやりかねないな。思わず苦笑がもれる。
コンコンとドアを叩く音がして、レイラが顔を出した。
「ショーン。いいかしら? 彩乃から電話よ」
電話を受け取って耳を澄ませば、彩乃の焦った声が聞こえてくる。
「お兄ちゃんっ! 大変なの。ヒゲが」
「はい?」
「ヒゲが出ちゃったの」
「何それ」
「えっと、しっぽもあるの」
さっぱり意味が分からない。
「彩乃。総司に代わって」
電話の向こうで、総司と話している声が聞こえたと思ったら、同様に少し慌てたような声が聞こえてくる。
「俊?」
「うん。どうしたの?」
「彩乃にヒゲと尻尾が生えたんです」
「はい?」
「いえ、先日は猫になってしまって」
「ちょっと待って。総司まで。何を言ってるの」
総司が深呼吸をする音が聞こえた。
「数日前、目が覚めたら、彩乃が白い猫になっていたんですよ」
「え?」
「翌日には元に戻ったんですけれど、今度はヒゲと尻尾だけが生えてしまって…。丸一日経ったのに戻らないんです」
僕は頭を抱えた。そんなの聞いたことがない。レイラをちらりと見れば、レイラも知らないというように首を振った。まあ彩乃は血が濃いからね。そういうこともあるんだろう。彩乃の新手の能力かなぁ。
「あ~。役に立つか分からないけど、僕が翼をしまうときにはちょっとそこだけ脱力するんだ。そうすると引っ込む」
「やってみるっ!」
彩乃の声がちょっと遠くから聞こえた。
電話の向こうからは、「うーん」とか「えい」とか彩乃の声がするだけだ。どうなったのかな。
「あっ。ひっこんだよ。お兄ちゃん。ヒゲがひっこんだ」
やれやれ。
「慣れるまではコントロールが難しいと思うから、気をつけて」
そう言ったとたんに、また悲鳴が上がった。
「やだ。今度は耳が出ちゃった…。尻尾まである! もういやだ~」
ご苦労様。
「総司? ま、リラックスさせてあげて。そうすれば上手く収まると思うよ?」
「え? ええ。そうします」
そして総司がこそりと付け加えた。
「耳と尻尾がある彩乃、可愛いですよ。写真、送りましょうか?」
「いいね」
そう言ったとたんに、彩乃が悲鳴をあげる。
「何言ってるの、総司さんっ!」
僕はくつくつと笑って「がんばって」と言って電話を切った。
やれやれ。相変わらず二人のところは騒がしい。そのうちにイギリスに来ると言っていたから、彩乃の新しい能力を拝ませてもらうことにしよう。
レイラが僕の傍に来て、そっと封筒を渡す。
「何これ?」
「李亮が困ったように持って歩いていたから受け取ってきたの。ニューヨークのジムから、パーティーの招待状」
思わずげんなりして封筒を捨てようとしたらレイラに止められた。
「そういうことをするから、彼が困っているのよ。手紙が届かないのは李亮のせいじゃないのに。それに、これは、あなたと私の会社が提携するために必要なの。出席してね」
「やれやれ。僕が父さんの孫になったり、君が自分自身の娘になったりしないといけないと思うと嫌になるよ」
レイラがくすくすと笑う。
「いいじゃない。一種の仮装大会だと思えば」
「まあね」
「ついでに、それを聞きつけたキーファーが、寄ってくれるのを楽しみにしてるってメールを送ってきたわ」
にっこりと含みを持たせて微笑むレイラに、僕は冷たい視線を送る。
「楽しんでる?」
「ええ。あなたが嫌がるのを見るのは楽しいわ」
「酷いな」
「日ごろの仕返しよ」
レイラはもう一度楽しそうに笑うと暖かい唇で僕の唇を掠めて、部屋から出ていった。
僕は部屋の窓から空を見た。突き抜けるような青空が広がっている。少し視線を落とせば伸びていく緑の木々。一族は皆、それぞれの道を歩いているけれど、いつでも会えるところにいる。だから…これもまたHappy End なんだろう。
------ And…they lived happily ever after.
(そして彼らは幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし)
The End.
あとがき
ようやく現代編II が終わりました。間章多すぎですみません! これは平謝りです。全部いれようとしたらこうなりました。まあ別視点だと思って楽しんでください(開き直り)。
この後は、後日談的な間章がだーっと入ります。トシの大冒険も入ります。その後は俊哉視点で、彩乃と総司の結婚式話が続きます。また引き続きお楽しみください。
2015.12.29 沙羅咲 拝




