間章 猫日和(2)
総司さんの膝の上。
母屋で日向ぼっこしながら、総司さんに撫でられていて、凄く気持ちいい。
「本当に彩乃…だよね?」
「みゃうん」
しつこいの。
そうだって言ってるのに。
返事をして思わずじっとりと見れば、総司さんが謝ってきた。
「ごめん。でも信じられなくて」
「み」
それはわたしもだよ?
「これ、戻るの?」
「にゃ」
多分?
首を傾ければ、総司さんが困ったように笑った。
「俊に電話する?」
わたしは首を振った。
だって…なんでもかんでもお兄ちゃんに頼るのは悪いし…。
これって、多分わたしの能力だと思うし。
きっと戻る方法があると思うの。
わたしが首を振ったのを見て、総司さんがぽんぽんとわたしの頭を撫でる。
「では明日になっても戻らなかったら電話しよう」
「みゃっ」
わたしは頷いた。
あ~。喉が渇いちゃった。
膝からおりて総司さんをじっと見る。
「何?」
「みゃっ」
鳴いてから台所のほうへ向かえば、総司さんも理解してくれたらしい。
「お腹すいた?」
「うにゃにゃ」
違うの。
「喉渇いた?」
「みゃっ♪」
頭上から総司さんの笑い声が振ってくる。
「猫になっても彩乃は彩乃だ。かわいい」
今の会話のどこに可愛い要素があったか良く分からないけれど、総司さんはそう言ってわたしを抱き上げた。
「水がいい?」
「うにゃにゃ」
「では牛乳?」
「うにゃにゃ」
「では紅茶を入れようか?」
「みゃっ」
また総司さんがくすくすと笑う。
「普通の猫もこれだけ意思疎通が簡単だったら、面白いだろうね」
なんか総司さん、この状況を楽しんでない?
結局、夕方になってもこのままで、この日は総司さんがご飯を作ってくれた。
二人になっても続けている朝食と夕食の習慣。
いつもはわたしが作っているけれど…、総司さん、料理が意外に上手なんだよね。
わたしは流しの上で総司さんの料理を見ていた。わたしより手際がいいの。
「うーん。味見をしてくれる?」
総司さんが小皿を出してわたしに差し出す。
「みゃっ♪」
おいしいよ。総司さん。
「ああ。やっぱり。いつもより薄味なのがいいらしい。よかった」
「みゃ?」
首を傾げれば、総司さんが微笑む。
「猫は味覚が人間よりも鋭いらしい。彩乃はもともと五感が鋭いけれど、猫になるとその傾向が強くなるのではないかと思った」
「みゃ」
「ああ。あたりだ」
薄味のお魚の煮付けに、ほうれん草のお浸し。薄味のお味噌汁にご飯。それに根野菜の煮物。
わたしが食べやすいように小さくしてくれる。
「おいしい?」
「みゃっ♪」
鳴きながら頷けば、また笑われた。
総司さんの手が頭を撫でる。
「良かった」
夜。くるりと体を丸くして、総司さんの胸元に滑り込めば、総司さんがゆるゆると撫でてくれた。
「彩乃」
「みゃ?」
総司さんの優しい目がわたしを見ている。
「仮に…万が一…彩乃が猫のままだとしても…私は彩乃が好きだよ」
「みゃぁん」
嬉しい。
「おやすみ」
「みゃぅ」
そして翌朝。
目が覚めたら、総司さんがわたしをしっかりと抱きしめていた。
「そ、総司さん?」
声が出る。
「おはよ。彩乃」
ちゅっと唇に感じる暖かさ。
「あ。戻ってる」
そう言って、自分の身体に視線を落として、はっとする。
そうなの。わたし、裸だ…。
「そ、総司さん…」
「ん? 何?」
総司さんの手がしっかりとわたしを抱きしめている。
「えっと…」
「戻って良かった」
「え? うん。良かったよ?」
「こういうこともできるし」
身体の線をなぞっていく総司さんの手。
「総司さん。朝だよ。朝なの」
「うん。朝だね」
「えっと…」
「彩乃は大学を卒業した。今日は道場の休みの日。何か問題でも?」
「えっと…ない…かな?」
そう答えた瞬間に、総司さんの瞳がキラリと光った気がした。




