間章 不得意
-------- レイラ視点 --------
「え? どういうこと?」
上目遣いでリリアが床から本を拾い上げて、私を見る。イギリスへ移動する前夜、部屋の主を追い出して、リリアと二人で片付けをしていた。
「だって、こんなにしているなんて思わなかったわ」
ぐるりと彼の部屋を見渡せば、足場もなく見事に乱立する本の山。床から竹の子が生えているみたい。
「彼は…片付けが嫌いなの?」
真夜中を過ぎて、リリアの時間。総司との甘い時間を奪うのは申し訳なかったけれど、一人では出来なさそうで、彼女に助けてもらっている。
何冊かはイギリスへ送ってしまったけれど、それ以外は置いていくつもりみたい。日本にくるときには、ここを利用するつもりだからいいのだけれど…。それにしてもこの乱雑ぶりは無いわ。
部屋の主は…というと、いると『その本はそこじゃない』とか文句を言うし、片付けるかと思えば本を読み始めるし、邪魔になるので出ていってもらった。
「うーん。俊にい…どうかなぁ。少なくとも本についてはダメだよね。溜め込むから」
それは分かる。さっきから拾い上げる本を見れば、本の種類はバラバラ。言語もバラバラ。彼は下手にいろんな言葉が分かるだけにいろんな本がありすぎる。
「俊にいって暇さえあれば、ごろごろして本を読んでるじゃん? 昔からそうだよ」
確かに…同じ家に住んでみて、彼がしょっちゅう本を読んでいることに気づいた。
「とにかく本がないとダメなんだよね。あの幕末でだって本を読んでたんだよ。借りたり、自分で書いたり」
「自分で書く?」
「うん。なんかどっかの言語で書いてた。書き付けておかないと忘れちゃうとかいって、たまに読んでたよ。何を書いてたかしらないけど」
リリアがじっと本の山を見ている。
「どうしたの?」
「ううん。エッチな本とか無いよね」
「無いわね」
きょろきょろと見渡すけれど、その手の本は無いみたい。
「怪しいじゃん?」
「そうね。でも彼だったら、そういうのは上手く隠しそう」
「そうだね」
じっと本の山を見ていたリリアが力を抜く。
「俊にいってさ、隠し事が上手いんだよね」
「そうかもね」
「うん。彩乃は素直だから、すぐに顔に出るし、俊にいに何でも喋っちゃうんだよ」
「わかるわ」
「でも俊にいは結構隠し事しているよね」
「そうね。肝心なことは喋らないことが多いわよね」
「そうなんだよ」
リリアが大きく頷いた。
「総司は? 彼はどうなの?」
尋ねれば、リリアの頬がぽっと赤くなる。
「総司さんは…隠し事はしないよ。しないようにしようねって約束したんだよ」
そう言ってから、ちょっとだけ顔をしかめる。
「でも部屋の掃除が苦手なのは、俊にいより酷いかも。俊にいは本だけじゃん? 総司さんはとにかく元の場所に戻すのが苦手なんだよ」
「あら」
「だからしょっちゅう彩乃が片付けてるよ。俊にいと違って、何かを溜め込むタイプじゃないから助かってるけど。なんか集めたら大変だよね」
ようやく大半の床が見えてきたところでリリアが伸びをする。
「俊にいの本を積む癖だけは、ホントどうにかして欲しいよね」
「そうね」
「大変だね」
意味深にリリアが私を見てにやりと嗤った。
私は肩をすくめてみせる。
「ま、いいわ。適当に部屋に入り込んで、適当に片付けるわ」
「それがいいかも。レイラちゃんだったら、彩乃みたいに丸め込まれないと思うし」
「どういうこと?」
「彩乃は俊にいに『後で片付けておくよ』って言われると信じちゃうんだよ。すぐ俊にいの言うことは信じるから」
リリアが自嘲気味に笑う。
「俊にいは、彩乃には弱いところとか、汚いところとか見せないようにしてるんだよね。あたしの前では結構、いろいろ話してくれたりするのにさ」
私は思わずリリアの顔を見た。
「それって、彼があなたを信用しているからじゃないの?」
リリアが顔をしかめる。
「違うよ。妹って思ってないから、弱いところとか汚いところを見せることができるんだよ」
「そうなの?」
「だって、彩乃はいい子で、あたしはそうじゃないから、俊にいの中で、あたしはどうでもいいんだよ」
「リリア」
びくりとリリアの肩が揺れる。
「本当にそう思ってる? 彼がリリアのことをどうでもいいと思ってるなんて」
「…。思ってない…」
「じゃあ、そういうこと、言っちゃダメよ」
「でもさ。じゃあ、なんで俊にいはあたしと彩乃の扱いが違うの?」
私はちょっと考え込んだ。上手く説明できるだろうか?
彼は彩乃もリリアも自分の妹として、大事にしていると思うのよね。
傍から見ていると分かるんだけれど、上手くそれを伝えられるかな。
「彩乃には彩乃の個性があって、リリアにはリリアの個性があるから、それぞれにあわせて兄として接しているんじゃないかな」
そう言ったとたんにリリアの目が丸くなった。
「俊にい…そこまで考えてると思う?」
「分からないけど…考えていてもおかしくないわ」
「うん。俊にいだもんね」
「ええ」
リリアがしばらく考え込んで、ニッコリ笑った。
「あたし、俊にいに大事にされてる? 彩乃みたいに」
「されてると思うわよ」
私の答えにリリアがますます嬉しそうに笑う。
彼女は部屋の掃除が終わるまで、にこにことしていた。




