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間章  約束

---------- 総司視点 --------


「ねっ。ねっ。起きてる?」


 真夜中の離れ。少しうつらうつらとしたときに聞こえてきた声は、リリアだ。彩乃はこんな風に元気良く尋ねてこない。


「ああ。起きてる」


 なんとか返事をすれば、リリアが嬉しそうに身体を寄せる。すでに私の腕は彼女の頭の下で、さらに寄ってきたことによって、彼女の頭は私の胸に乗ることになった。


「良かった」


「どうした?」


「ううん。総司さんの声を直接聞きたかっただけ。眠そうなのに起こしてごめんね」


 元気一杯の声のわりには、言うことは殊勝だ。


「声ぐらい、いつでも聞かせてあげるのに」


「うん。でも…ほら、総司さんも寝ていることが多いから。今日は起きてるかなって思って」


 その言葉に私は思い当たる。昼間は彩乃と一緒にいるけれど、真夜中からしか出てこないリリアと一緒にいることは少ない。


 いや、一緒にいるけれど、眠っている間に一緒にいることが多いというべきか。


 やっぱりそれは…寂しいのだろう。確かに彼女と意識があるときに一緒にいるのは数日に一度だ。


「ごめん。リリア。もう少し、起きているようにする」


 そう言った瞬間に、リリアが慌てたように声を出す。


「違うんだよ。総司さん。寝てていいの。だってあたしは夜中にしかいないし、総司さんは人間だったから夜中は眠いじゃん? だからいいよ」


 そこでふっとリリアが目を伏せた。


「でも…たまに声が聞きたくなっちゃうんだ。だから…起こしてごめんね。本当は、ほとんど寝てたよね」


 あまりにいじらしい言葉に、思わずぎゅっと抱きしめる。


「総司さん?」


「寂しい想いをさせてごめん。リリアも私の恋人なのに」


「大丈夫だよっ。寂しくなんてないから」


「しかし…」


「ホントだよ。あのね、彩乃でいる間は夢を見ている感じなんだよ」


「夢?」


「うん。夢の中で彩乃になってるの。なんとなくふわふわした感じで、総司さんと遊びに行くんだよ」


 リリアが話しながら私を見る。一体どんな感覚なんだろうか。夢の中で別人になって、行動する…うまく想像できない。


「多分、夢で合ってると思うんだ。すっごい前に、俊にいから彩乃と二人でどんな感じか訊かれて、一生懸命答えたら、『夢の中か、映画を見ているような感じなんだね』って言ってたから、多分、普通の人だったら、そんな感じなんだよ」


「彩乃の行動は全部覚えてるの?」


「うーん。大体? でも自分じゃないから。ちょっと変な感じだけど」


「そう」


「それでね、夢の中で彩乃と一緒に幸せな気持ちになって、夜中に自分として目を覚ますと総司さんがいるんだよ」


 よく意味が分からなくてリリアをじっと見ていたら、彼女がにっと笑った。


「夢の中にも総司さんがいて、目が覚めても総司さんがいるの。凄い幸せだよ」


 思わず絶句すれば、リリアはさらにも続ける。


「あたしは…こんなだから…。絶対に彼氏なんてできないって思ってたし。だから…総司さんから総司さんを『好きになっておきなさい』って言われたとき、すっごく嬉しかったんだよ。だって彩乃が総司さんを好きなように、あたしも総司さんを好きだったから。でもダメって思ってて…」


「リリア…」


「だから、幸せなんだよ。すっごく幸せなの」


 そこまで言うと、リリアは恥ずかしそうに顔を私の胸にくっつけて、隠してしまった。わずかに見える耳が、うっすらと赤い。


「たまにね…」


「うん」


「たまに…ちょっとだけ、総司さんと外を歩いてみたいなって思うときはあるけど…」


 それだけ、本当に小さな、小さな…多分、一族でなければ聞き取れない声で言ってから、首を振る。


「ううん。なんでもない。これ以上はダメだよ。だって…昼間は彩乃の時間だし、あたしが昼間いたり、彩乃が夜中にいると、弱るんだよ」


「どういうこと?」


「なんか…ダメなの。ちょっとだけはいいんだけど、ずっと出てると身体が疲れちゃうの」


 リリアが顔をあげて、私を見る。


「だからね。いいの。あたしはずっと夢を見てるの。昼間は総司さんと歩いている夢を見て、夜は総司さんの傍にいて、それが夢みたいなの」


 にっと笑う彼女に愛おしさが増す。リリアも私の恋人なのだ。


 だからどうにか彼女の願いをかなえてやりたい。


「まあ、夜中はお店も全部しまっちゃうし。デートとかできないよね」


 彼女の声を訊きながら、まだ私は考えていた。


 そして思い出す。


「ちょっと待ってて」


 そう言ってから、リリアを置いて、部屋の隅においておいたチラシを引っ張り出して彼女に見せる。


「これ、どう?」


「…天体観測…バスツアー?」


「うん。流星群が見えるらしい。真夜中から朝にかけて」


「うそっ!」


「本当。星を見るのは好き?」


「好きだよ。凄く好き。あんまり星の名前とか知らないけど」


「では一緒に行く?」


「いいの? あたしでいいの?」


「リリア。あなたを連れ出したい。その代わり…バスツアー初日は彩乃と一緒に行くけど…いい?」


 リリアはチラシに目を落とした。バスツアーは、天体観測を目的としているが、現地につく前に、少しばかりの観光が盛り込んであった。


「いいよっ。彩乃も喜んだら、あたしも嬉しいし。それにあたしばっかりだったら、彩乃に悪いもん」


 リリアが嬉しそうにチラシを読んでいる。


「あたしたち、お互いにしたことを話すんだよ。だから、これ、凄くいいよ。あたしも彩乃に話せるもん。凄く嬉しいっ!」


 どんっと音をさせて、気づいたら私は床に転がっていた。


 驚いて見上げれば、リリアが慌てたようにして私を見下ろしている。


「ごめんっ! 総司さん。思わず力いっぱい抱きついちゃった。どっか壊れてない?」


 私は軽く身体を点検した。反射的に受身を取ったらしい。痛いところは無かった。


「大丈夫」


「ごめんね。総司さん。嬉しすぎて…うっかりしちゃった」


 オロオロしているリリアが可愛らしい。こんな表情もするのだと改めて感じる。


 一緒に星を見たら、また新たな表情を見せてくれるだろうか。


「大丈夫だから。落ち着いて。ほら。明日申し込みに行ってくるよ」


「うんっ。ありがとう」


 リリアがにっこりと笑った。


 ああ。やっぱりあの選択は正解だったのだ。彩乃もリリアも俊の妹で、そして私の恋人だ。あの日、リリアを切り捨てるようなことをしなくて、本当に良かった。


 そしてこの愛おしい人の両方を手に入れられる私は本当に幸福だ。心の底からそう思った。


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