第14章 それぞれの道(7)
酒が進んで、皆が楽しく話をしている中で、トシがそっと僕の隣にやってくる。
「おい。宮月」
「はい?」
「悪ぃが金を貸してくれねぇか。絶対に返す」
思わず眉間に皺をよせてしまった。
「一体何に使うのさ」
「世界を…見てこようと思うんだ」
その言葉に思わず僕はトシをマジマジと見た。
「この通りだ。頼む」
ポンと手を合わせるトシ。
「日本を出るぐらいの金額でいい。その先は自分でなんとかする。まあ、野宿でも何でも、なんとかなるだろう」
「一体…何するの?」
「俺が見ている世界は狭すぎる。だから自分の目で見て、何ができるか考えようと思うんだ」
やれやれ。僕は大きくため息をついた。
「言葉はどうするの。英語ぐらいできたほうがいいんじゃないの?」
「おう。現地でなんとかする」
「いや。なんとかならないから」
まあ、世界を見てくるのは悪くないと思う。それに僕もトシがこの現代で、この場所で埋もれるような奴じゃないと思うし。それでも…言葉も何もできないまま、海外に行くって言うのはどうなんだ?
…。ま、いっか。どうせ死なないし。困ったら連絡してくるだろう。うん。
「いいよ。倍にして返して」
にっと嗤えば、トシが「うっ」とたじろいだ。
「いつ行くか、いくらいるか、教えて。それまでに用意する」
「ああ。分かった」
トシが安心したように笑った。
ああ。そうだ。僕も思ったことがあったんだ。この新年だ。言ってしまおう。
「あのさ。皆に聞いてもらいたいことがあるんだけど」
さして大きな声ではなかったけれど、皆が僕に注目した。
「彩乃が大学を卒業したら、僕はイギリスに帰るよ」
一瞬、誰かが息を飲む音が聞こえた。
「当主としてきちんと立つ。そして一族の事業をまとめるよ。今は僕ら血族の誰かが亡くなってもネットワークが壊れるような危うい状態だからね。一族の皆が安心して生きていけるように…仕組みを作ろうと思うんだ」
そしてポンポンと隣にいたレイラの手を叩く。
「レイラと一緒にね。もちろん皆にも協力してもらう」
彩乃がじっと僕を見た。隣に座っていた総司が彩乃の気持ちを汲むようにして口を開く。
「俊…私たちは…」
「うん。総司たちも選んだらいいよ。一緒にイギリスに来てもいいし、ここで道場を続けてもいい。もちろん他の好きな場所に行ってもいい。ただ…彩乃」
「はい」
彩乃が神妙な顔をして返事をした。
「大学だけは卒業して。人間の大学も…捨てたものじゃないから」
僕は遠い幕末にいる押しかけ友人を思い出した。アーニーことアーネスト・サトウ。彼と…そしてアリスが居なかったら、僕の人間に対する印象が変わることは無かっただろう。
そして季節はめぐり、時は過ぎ去り、物語は新たな始まりを告げる。それぞれの人生の、それぞれにおける道を示して。




