第14章 それぞれの道(6)
「トシには一言言いたかったんだ」
近藤さんは再び視線をトシに移した。
「私が掴まって、斬首されて、きっとトシは悔やんでいるだろうと思ってね。でも気に病むなと言いたかった」
「かっちゃん」
「まあ、もう昔の話だがね」
近藤さんが記憶を断ち切るように、ゆるゆると首を振った。
「かっちゃん、俺は…」
何か言いかけたトシを近藤さんが片手を挙げて制する。
「やめてくれ。トシ。今言ったろう? 気に病むなと言いたかったんだ。だから謝るのもナシだ」
「いや。謝らせてくれ」
「やめてくれ。いいんだよ。知ってるだろう? 私達は新撰組を作って名を残したんだ。あのまま道場主でいても残らなかった名が、見事に150年以上経っても残ってる。下手な大名よりもよっぽど有名だ」
近藤さんがにやりと嗤った。
「知っているかい? 『新撰組祭り』なんていうものもあるんだよ。それにそれぞれの命日にちなんだお祭りや、新撰組に関わるいろんな商品が作られている。それだけの名をあの時代のどこの大名が残している?」
「かっちゃん」
ふっと近藤さんの視線が天井に上がる。その視線は天井よりも空よりも、もっともっと高いところを見ている視線だった。
「そりゃぁ、心残りがなかった…とは言えないさ。でもそれはトシ、総司、君たちだって同じだろう?」
二人が息を飲む。
「歴史から行けば、二人とも志半ばに死んだことになっている。まあ、そのときに宮月くんの仲間になったんだろうけれども…。それで、あの幕末にまったく心残りがないと言えるかい?」
一息おいて、近藤さんが微笑んだ。
「それでも。歴史は動いているんだよ。私達の心残りなんて、気にもせずにね」
静かになってしまった茶の間で、近藤さんはもう一度僕らを見回した。
「記憶が戻って、まだ混乱しているけれど…。一つだけ分かることがある。過去にしがみつく気は無いってことだ。今は…今生では、私は近藤ユウだよ。それに私は…家族が大事なんだ。君たちから見たら小さな男になってしまっただろうね…」
僕らが見つめる中で、近藤さんがさっきよりも弱弱しく笑った。
「それでも…友人として付き合ってくれるかい?」
「当たり前だろっ! かっちゃん」
トシが立ち上がって、近藤さんを引っ張り、自分の傍に座らせる。総司も近藤さんにお猪口を持ってきて渡した。
「近藤さん、これからもよろしくお願いします」
そう言って酒を注ぐ。僕は肩をすくめた。
「別にもともと、僕はどっちでも良いって言ったよ? 近藤さん?」
近藤さんが振り返る。
「ああ、そうだな。宮月くん」
近藤さんはにっこり笑って、杯を乾すと口を開いた。
「そうだ。忘れていたよ。あの店が売れたんだ」
「おっ? 良かったじゃねぇか」
トシの言葉に頷いてから、近藤さんが僕を見る。
「なぜか…通常の値段の3倍でね」
僕はその視線を受けてにっこりと笑ってみせる。
「良かったですね。幸運だった」
近藤さんは意味深に笑顔を返してくる。
「ああ。どうやら幸運の女神…いや、この場合は幸運の神かな? 幸運のアヤカシというべきか…がついていたらしいよ」
やれやれ。どうやら近藤さんの野生の勘も蘇ったらしい。ま、僕は知らん振りをしておこう。
「それでどうすんだ?」
「もうちょっと広いところを借りて、酒と料理を出す店を始めることにしたよ。妻と一緒にね」
トシの言葉に近藤さんが笑顔で答えた。




