表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
535/639

第14章  それぞれの道(6)

「トシには一言言いたかったんだ」


 近藤さんは再び視線をトシに移した。


「私が掴まって、斬首されて、きっとトシは悔やんでいるだろうと思ってね。でも気に病むなと言いたかった」


「かっちゃん」


「まあ、もう昔の話だがね」


 近藤さんが記憶を断ち切るように、ゆるゆると首を振った。


「かっちゃん、俺は…」


 何か言いかけたトシを近藤さんが片手を挙げて制する。


「やめてくれ。トシ。今言ったろう? 気に病むなと言いたかったんだ。だから謝るのもナシだ」


「いや。謝らせてくれ」


「やめてくれ。いいんだよ。知ってるだろう? 私達は新撰組を作って名を残したんだ。あのまま道場主でいても残らなかった名が、見事に150年以上経っても残ってる。下手な大名よりもよっぽど有名だ」


 近藤さんがにやりと嗤った。


「知っているかい? 『新撰組祭り』なんていうものもあるんだよ。それにそれぞれの命日にちなんだお祭りや、新撰組に関わるいろんな商品が作られている。それだけの名をあの時代のどこの大名が残している?」


「かっちゃん」


 ふっと近藤さんの視線が天井に上がる。その視線は天井よりも空よりも、もっともっと高いところを見ている視線だった。


「そりゃぁ、心残りがなかった…とは言えないさ。でもそれはトシ、総司、君たちだって同じだろう?」


 二人が息を飲む。


「歴史から行けば、二人とも志半ばに死んだことになっている。まあ、そのときに宮月くんの仲間になったんだろうけれども…。それで、あの幕末にまったく心残りがないと言えるかい?」


 一息おいて、近藤さんが微笑んだ。


「それでも。歴史は動いているんだよ。私達の心残りなんて、気にもせずにね」


 静かになってしまった茶の間で、近藤さんはもう一度僕らを見回した。


「記憶が戻って、まだ混乱しているけれど…。一つだけ分かることがある。過去にしがみつく気は無いってことだ。今は…今生では、私は近藤ユウだよ。それに私は…家族が大事なんだ。君たちから見たら小さな男になってしまっただろうね…」


 僕らが見つめる中で、近藤さんがさっきよりも弱弱しく笑った。


「それでも…友人として付き合ってくれるかい?」


「当たり前だろっ! かっちゃん」


 トシが立ち上がって、近藤さんを引っ張り、自分の傍に座らせる。総司も近藤さんにお猪口を持ってきて渡した。


「近藤さん、これからもよろしくお願いします」


 そう言って酒を注ぐ。僕は肩をすくめた。


「別にもともと、僕はどっちでも良いって言ったよ? 近藤さん?」


 近藤さんが振り返る。


「ああ、そうだな。宮月くん」


 近藤さんはにっこり笑って、杯を乾すと口を開いた。


「そうだ。忘れていたよ。あの店が売れたんだ」


「おっ? 良かったじゃねぇか」


 トシの言葉に頷いてから、近藤さんが僕を見る。


「なぜか…通常の値段の3倍でね」


 僕はその視線を受けてにっこりと笑ってみせる。


「良かったですね。幸運だった」


 近藤さんは意味深に笑顔を返してくる。


「ああ。どうやら幸運の女神…いや、この場合は幸運の神かな? 幸運のアヤカシというべきか…がついていたらしいよ」


 やれやれ。どうやら近藤さんの野生の勘も蘇ったらしい。ま、僕は知らん振りをしておこう。


「それでどうすんだ?」


「もうちょっと広いところを借りて、酒と料理を出す店を始めることにしたよ。妻と一緒にね」


 トシの言葉に近藤さんが笑顔で答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ