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第14章  それぞれの道(5)

 その二日後。和洋折衷のミスマッチな茶の間に、海さん小夜さん夫妻とお嬢さんが新年の挨拶に来た。


 まだ何も話をしていなかったのに、僕の傍に座る嬉しそうなレイラを見て、レイラの指輪を見て、何かを察してくれたようだ。


「とうとう決めたんですね?」


「まあね。自分の気持ちに気づいたってところかな。ちょっと遠回りしちゃったけど」


 海さんの問いに僕は答えてから、レイラの手を握った。レイラが嬉しそうに微笑んでくる。


 海さん、小夜さんの二人にお祝いを言われたところで、李亮が一升瓶に二合徳利を数個、そして人数分のお猪口を持ってきた。


「あれ? 日本酒? こんなのあったっけ?」


 僕の問いに海さんが笑う。


「持ってきました。新年ですから。いい日本酒が手に入ったんです。まあ、我々だと酔えませんけど、味はいいですよ」


 トシが「おっ」と言って、いそいそと一升瓶から酒を注ごうとする。それを海さんが止めた。


「一度徳利に移してから飲むと、一段と美味くなりますから」


 トシは注ごうとしていた先をお猪口から、徳利に変える。


「トシ。自分だけ飲もうとしないで、みんなにも分けてよね」


「何言ってやがる。味見だ。味見」


 無理やりな理屈に苦笑すれば、トシが酒を徳利からお猪口に移したところで、それを李亮が横から受け取って、みんなの分を入れはじめた。


 酒盛りが始まって、みんなでわいわいと日本酒を飲み始め、僕も酒が足りないだろうと、棚から取っておきのスコッチを出す。そこへピンポーンと呼び鈴が鳴った。


「わたし、見てくるね」


 彩乃がすっと席を立つ。


 しばらくして戻ってきたときに、彩乃の後ろから現れたのは、近藤さんだった。わいわい騒ぎまくっている状態に目を丸くした近藤さんを、トシが手を挙げて呼ぶ。


「おう。かっちゃん。こっちだ。こっち。美味いぞ。この酒」


「え? えっと」


「ああ。近藤さん、いらっしゃい。どうぞどうぞ」


 僕が言えば、戸惑うような顔をする。総司がすっと場所を空けた。


「ここ、座ってください」


「ご無沙汰しています」


 僕の傍に居た海さんが挨拶し、小夜さんが近藤さんに微笑む。


「え? ええっ?」


 あ~。状況を知らない近藤さんは大混乱だよね。うん。


「あの…どうすれば…」


 弱りきった近藤さんに、僕は笑いかけた。


「トシも総司も彩乃も近藤さんのことを覚えてます。もちろん僕もね。だからどちらでも。バーのマスターとしてでも、元局長としてでも」


 そう口にしたとたんに、近藤さんが目を見開いた。


「夢じゃ…」


「夢じゃないですよ。あなたが覚えている通り」


「でも…あれは、昔のことで…」


 じりりと近藤さんが後ろに下がった。


「なぜ…生きている?」


 その一言で、場の空気が凍った。やれやれ。そこからか。僕はちらりと李亮を見た。彼の母親のことを気にしたんだけど、李亮は首を振った。


「母、大丈夫」


 あ~。まあ、いいや。


「近藤さん。思い出してください。僕らは人間じゃない」


「あ」


「それに総司とトシも加わった。それだけのことだ」


 その言葉に近藤さんの顔が引きつって、じりりとまた後ろに下がる。


「勘違いしないで。二人とも死にかけて、それを救うために僕らの仲間になった。別にあなたを襲うなんてことも、無理やり引き入れることもしない」


 近藤さんはじっと僕の言葉を聞いている。


「僕は、あなたがバーのマスターでも、元局長でも、どっちでもいいんだ。ただ、まあ、せっかく結んだ縁だから。ただそれだけ。それに、思い出した記憶を喋る相手がいないのは辛いでしょう?」


 近藤さんは僕を見て、そしてトシに視線を移した。


「私は…どっちだろうな。幕末の記憶はある。同時に現代の記憶もある。まるで長い長い時を生きてしまったような記憶なんだ」


 近藤さんは困ったような顔をして、総司を見て、彩乃を見て、僕に視線が戻る。


「混乱しているよ」


「そうでしょうね。まあ、僕らはここにいるし。それにそういう記憶を持っているのはあなただけじゃないから、多少のお手伝いはできるんじゃないかな」


 僕はちらりとレイラに視線をやれば、レイラが優しく微笑んだ。


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