間章 千々に乱れる(1)
-------- ユウ視点 -----------
慶応三年。我々は幕臣となった。この日をどんなに待ち望んだことだろう。
しかしそれも長く続かなかった。慶応四年一月、後に鳥羽伏見の戦いと呼ばれる戦場には、その前に伏見街道で撃たれた傷のために出陣がかなわず、大阪城でやきもきとしているうちに、敗戦の知らせが届いた。
その年の三月に、甲陽鎮撫隊として隊を率いて甲州勝沼に向かうも敗れることになり、下総に移ることとなる。
ところが下総国流山の地で幕府軍を討伐に来たものたちに包囲された。このころ、私は大久保大和と改名しており、土方歳三とも相談の上、この地にいることの弁明をするために相手の本部があった越谷に出頭した。
私はこのときに、もうここで腹を斬って死のうと思っていたのだが、トシがここで死ぬのは犬死にだから、鎮撫隊であるとの弁明を行ってみたほうがいいと主張した。諭された私は出頭したわけだ。
ところがそこで捕らえられてしまうことになる。あくまでも大久保大和であると言い張ったのだが、そこに元隊士がおり、私が幕臣の近藤勇であることが露見してしまったからだ。
結局、私は処刑されることとなる。切腹ですらなく、処刑だ。
切腹は自分で死ぬものだが、処刑となると両側から押さえつけられて、罪人として斬首される。非常に口惜しい。
しかしそこで恥を晒すようなことはしたくない。かくなる上は毅然とした態度で最期に臨みたいと心に決めた。
すでに辞世の句は詠んで預けてある。
処刑であっても見苦しい姿は見せたくないと、伸び放題になった髭を剃りたい旨を伝えると床屋が呼ばれた。
綺麗さっぱりした顔を手で確かめ、微笑みを浮かべて見せれば、周りが驚くようにやや目を見開いた。
さあ。ご覧あれ。
例え斬首だとしても、まるで切腹のように、武士としての最期が恥ずかしくないように振舞ってみせようではないか。
刑場に堂々と歩み、処刑役のものに一言告げた。
「宜しく頼む」
音もせず、視界は暗転した。
ふっと目が覚めた。長い長い夢を見ていた…と思う。
「えっと…ここは?」
どこにいるかわからなくて、目を開いて言葉を発すれば、見たような顔が覗いた。日本人にしては薄い茶色の瞳。通った鼻筋。
「病院ですよ」
その顔が言う。声も聞いたことがある。若いけれど落ち着いた涼しげな声だ。
「病院? なぜ」
「僕、分かります?」
問われて顔をまじまじと見れば、隊士の一人。そう…名前は…。
「えっと…宮月くん…」
「はい。宮月です」
彼が答える。ああ。やっぱりそうだ。思い出せてよかった。恐ろしい夢を見た気がするが、なんだ。やっぱり夢だったんじゃないか。
彼が再び口を開く。
「ここは病院で、約一ヶ月眠ったままだったんですよ」
「えっ?」
なんだって? 思わず聞き返せば、言いにくそうに彼が答えた。
「なんか打ち所が悪かったみたいで…。寝たり起きたり」
キィッと音がして、そちらを見れば、やはり見慣れた隊士が入ってくるところだった。
ああそうだ。総司に彩乃くんだ。総司は私がまだ寝ていると思ったのか宮月くんに話しかける。
「俊」
「近藤さん、目を覚ましたよ」
それに気づいて、宮月くんが総司に状況を説明した。見慣れた風景だ。本当に大分眠っていたらしい。
「ああ。総司まで来てたのか」
そう口にしたとたんに、総司の足が止まった。
「はい?」
総司が怪訝な顔をする。
「彩乃くんまで…すまないね」
彩乃くんまで怪訝な顔になる。私は何か間違っただろうか? いや。そんなことは無いはずだ。総司と彩乃くんだ。間違いない。
「近藤さん、他、僕らの仲間って、誰がいたか…覚えてます?」
宮月くんが訊いてくる。記憶がいくつか失われていると思っているのだろう。頭を打つとそういうことがあるらしい。
私は安心させようと笑った。
「当たり前だ。トシの心配性がうつったみたいだな。宮月くん」
そう言ったのに、なおも宮月くんは問いかけてきた。
「名前、言ってみてもらえます?」
隊士を全部言えというのかい? うーん。
「いいけど…人数が多すぎるよ」
「思いつくままでいいですよ」
彼に促されて仕方なく、私は思いつくままに名前を挙げて見た。当然すぐに出てくるのは試衛館の仲間だ。
「源さん、永倉くん、平助、原田くん、斉藤くん、ああ。そうだ。山南さん…あれ? 山南さんは…」
山南さんの名前を呼んだところで、私の中で何かがよぎった。彼は…なんだっただろうか。しかしそれを思い出す前に、急かすように宮月くんが尋ねてくる。
「えっと他には?」
「他に? あ、ああ。芹沢さん、新見さん、いや…えっと…」
芹沢さんと新見さんの名前を出して、また何かを思い出しかけた。血飛沫が飛んで、床に人が倒れていく風景。あれは…なんだ?




