間章 記憶のかけら(3)
「頭の中でアリスが囁いたのよ。あなただって。好きな人だって。愛おしい人だって」
そう伝えたとたんに彼はなんとも言いがたい表情をした。
「ごめん」
「謝らないで。言ったでしょ。アリスは私の一部なの。だから…気持ちが騒いだのよ。アリスはあなたに会いたかったの。天国に行くよりも、あなたの傍に居たいと強く願ったのよ。あなたと同族の、強い身体で」
「…」
「今度はすぐに死なずに、ずっとあなたの傍にいられるようにと願ったのよ」
「レイラ…君は…」
「私はアリスの気持ちは分かるけれど、でもアリスじゃない。だから」
彼をまっすぐに見る。視線を逸らさずにまっすぐに。彼の茶色の瞳を覗きこむ。
「お願い。私を愛して。私自身を愛して」
「うん」
「一生、あなたの傍から離れないから」
「うん」
彼の腕が私を捕まえる。私も両手で彼をしっかりと捕まえた。溶けてしまえばいいのに。このまま一つになってしまえばいいのに…。
そう思うけれど、二人はやっぱり二人のまま。
アリスはどうして私の中にいるのかしら…。彼の中に入れば、一緒にいられるのに。そう考えてから、すぐに答えが出てしまった。
抱きしめられたい。一緒にいると感じたい。二人はやっぱり二人のままがいい。彼の体温を感じていたい。それが幸せだから。
「レイラ?」
私はゆるゆると首を振った。
「少し甘えたくなったの」
ぎゅっと腕に力をこめれば、彼も同じように力を返してくれる。
「いいよ。甘えて。今まで甘えさせてあげられなかったから」
私はその言葉に甘えて、彼の胸に自分の頬を擦り付けた。
「髪の毛がくすぐったいよ」
「我慢して」
そう答えれば、彼はくすぐったそうに笑ってから、私の髪をひと房掬って口付ける。
「そう言えば、髪…伸びたね」
「変わってないけど?」
「前にこうやって一緒にいたときには、短かったから」
ああ。身代わりでもいいと言ったときだ。そのときには短くしていたわ。確かに。
「ちょっとした心境の変化よ」
アリスは自分の髪の毛が好きだった。体力がなくて、細くて華奢だったアリス。髪の毛の豊かさだけは、自分の身体の中で好きなパーツだった。
気づいたら、私も髪の毛を伸ばそうとして…それに気づいたからこそ、逆に短くしたの。でも切る瞬間に思い出したのは彼の言葉だった。
『綺麗な髪だ』
いつだろう。褒めてくれたのは。あれは私にだっただろうか? アリスにだっただろうか?
「僕は、レイラの髪が好きだよ」
不意に彼の声が耳元を掠める。
それですべてどうでもよくなった。
今、彼は私の髪を褒めてくれたんだもの。
「綺麗な髪だよね」
「ありがとう」
嬉しくて、彼に抱きついていた腕を首に回して口付けをする。
「こら。そういうことをすると、また離せなくなるよ?」
「いいじゃない。しばらくずっとこうしていましょうよ」
彼は一瞬考えるようなそぶりを見せたけれど、にっこりと笑った。
「そうだね。じゃあ、遠慮なく」
彼の唇の温かさが私を酔わせていく。幸せすぎるのが怖い。本当にここにいるのが彼なのか…彼が見ているのが私なのか…。確かめたくなったけれど、やめることにした。
だって夢だったら覚めたくないんですもの。
「愛してる。レイラ」
彼が私の名前を呼んだ。




