第5章 大和屋燃ゆ(3)
僕がマジマジと見ていたら、善右衛門さんが照れたように言った。
「妻の連れ子ですよ。数年前に縁があって…」
ああ、なるほど。奥さんは人間なわけだ。一人で生きていくのはさびしいから子供ができないことを承知で人間と一緒に生活しているケースはある。僕の叔母もその一人だ。まあ、それはともかく。
「はじめまして。いつも父がお世話になっております」
僕と彩乃をしっかりと見据えて、小夜さんは挨拶をした。まあ、なんというか、しっかりもののオーラが出ている。
「今後もご贔屓によろしくお願いいたします」
あっけに取られていると、善右衛門さんが僕を微笑みながら見ている。
ん? なんだろう。この雰囲気。
奥から女将さんと思われる女性も出てきた。
「妻の絹です」
ペコリと奥さんが挨拶する。
「もしよかったら彩乃さん、いい反物があるんですが、見ていきませんか。その間に、お小夜、俊哉さんを茶店にでも連れていっては。ほらいい天気だし」
ちょっと待て。なんだ、この展開。
「彩乃さん、素敵なのが一杯あるんですよ。今、流行の舛花色なんてどうです?」
そう。この時代は長い布(反物)で選んで、着物を作ってもらう。ちなみに舛花色っていうのは、浅葱色を鈍くした色。なんだろスモークブルーっていうのかな。わりとシックだけど綺麗な色だ。
幕府から派手なことはしちゃいけないって言われてるから、見てるとみんな着ている着物が凄く地味なの。まあ、赤になる染料は高価らしいから、それも理由の一つかな。
そして今時は地味が突き抜けて、逆に灰色とか茶色とか、そういう渋い色を格好よく着るのが流行ってるらしい。
それは置いておいて、僕としては同じ渋めでも暖色系統のほうが彩乃には似合うんじゃないかって思うんだけど、ヘタに色を選ぶと遊女みたいになっちゃうらしくて。
難しいね。
いやいや。そうじゃなくて。
「ぜひぜひ」
奥さんが彩乃の手を取る。その瞬間に僕は彩乃の逆側の手を取った。
「あ、彩乃! ほら総司に頼まれていただろうっ! 忘れてたよ!」
彩乃がびっくりした顔をして僕を見た瞬間に、僕は彩乃を引っ張った。
「善右衛門さん、ありがとうございました。ちょっと頼まれごとを思い出したので、今日はこれで失礼します」
そそくさを彩乃を引っ張って、店を出て、足早に離れる。
「お兄ちゃん?」
「いや、いいから。歩いて。お願いだから何も言わないで」
残念ながら僕は彩乃ほど鈍感じゃない。もちろん僕の気のせいってこともあるけどさ。でも僕は善右衛門さんの義理の息子になる気は、さらさらなかった。可能性はゼロにしておいたほうが無難だ。これからのためにもね。




