第14章 それぞれの道(3)
「私はアリスじゃない。でも彼女の記憶がある」
「どういうこと?」
「もの心ついたときから、私の中に別な人がいたの。別な人の一生分の記憶があったの。何が起こっているか良くわからない。私はアリスであり、アリスではないの。だから苦しかった」
「レイラ…」
「最初からあなたが好きだった。苦しいぐらい。でもそれは私の記憶じゃない。私はアリスじゃない。そう思うのにあなたに魅かれるのを止められない」
レイラは俯いて涙をぬぐった。
「何度言おうとしたかわからない。でもね。嫌だったの。私はあなたに魅かれてしまっているのに、あなたは私を見てくれない。昔は身代わりでも良いっていったわ。でも身代わりじゃ嫌なの。私は私だと思ったの」
あまりのことに、何も喋れなくなった僕をレイラがじっと見る。
「馬鹿みたい。最初から私はアリスであり、レイラなのよ」
「どういうこと?」
「私の名前、全部知ってる?」
僕は居心地が悪くて身じろいだ。実は知らない。
でもそんなのはレイラにお見通しだったようだ。
「あなたらしいわ。私が持つもう一つ名前、アリスなのよ」
思わず目を見開いた。
「名前と一緒。結局、最初から彼女は私の一部なの。あなたが私を見てくれるから。私自身を見てくれるから、だから…私も納得できるの。彼女は私の一部だったのよ」
彼女の言葉に思い当たることがある。最初から彼女は僕のことを良く知りすぎていた。
もちろん彼女自身の能力もあるだろうけど、まるで僕を古くから知るようなそぶりが垣間見えていた。まあ、今思えば…なんだけどね。
「これでもう秘密はないわ」
レイラは嬉しそうに笑った後で、僕を上目遣いで見てきた。
「ね」
「何?」
「これはクリスマスプレゼントじゃないのよね?」
「違うね」
「じゃあ、クリスマスプレゼントは?」
僕は詰まった。まさかここでクリスマスプレゼントの要求があるなんて。
「えっと。ごめん。じゃあ、日本に戻ってから」
レイラがじっと僕を見る。真面目な顔をしているのに、目だけが何かを思いついたような表情をしていた。
「な、何?」
「欲しいものがあるの」
「ああ。分かった。じゃあ、明日にでも…ああ。明日は店が全部休みか」
「ううん。今日、今、欲しいの」
僕は両手をあげた。
「降参。何? 僕があげられるものなんて、今日は何も持ってないよ。本当にわずかな着替えと身一つで来たんだから」
レイラが僕の顔に自分の顔を近づけて、じっと僕の瞳を覗き込む。
それからその魅力的な唇を開いた。
「ね。あなたが欲しい」
その言葉に一瞬、僕は彼女の瞳を見返して、意味を理解して…そして、彼女を抱きしめた。
「それだったら…僕も君が欲しいよ。今すぐにでも」
レイラの暖かい唇が僕の唇を掠めて、片手が僕の手を引く。それに従って立ち上がれば、部屋の奥にあるドアに案内された。
一瞬、僕は躊躇する。
「いいの? レイラ?」
「私が言ったのよ。あなたが欲しいって」
「そうだったね」
僕らは奥の部屋のドアをくぐった。




