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第13章  わからない気持ち(3)

 とりあえず彩乃の心理テスト? を聞いてみよう。どうせやることなんて無いし、聞かないと彩乃も部屋から出て行かないだろう。


「えっとね。村から山の神様にいけにえを出さないといけないの」


 えっ? いつの時代? っていうか、どこの国?


「想像してね。白羽の矢が…えっと…じゃあ千津ちゃんに決まったの。千津ちゃんは知ってるよね?」


 千津ちゃんは彩乃の大学の友達だ。何回か会ったことはある。彩乃の言葉に頷けば、彩乃がほっとしたような顔をして先を続けた。


「それでお兄ちゃんは千津ちゃんを山へお見送りのために山の下に立っていて、それで千津ちゃんを見送っているの。いけにえが行かないと村は滅びちゃうから断れないんだよ」


「山の下って…山の(ふもと)ね?」


 ぽっと彩乃が赤くなる。


「いいのっ。細かいことは気にしないで」


「いや。言葉は正しく」


「いいから。ね? 想像して」


 僕は彩乃の言葉通りのシーンを想像した。山道口に立つ千津ちゃん。その傍に僕。えっと。二人だけか? ま、いいや。


「うん。想像した」


「じゃあ千津ちゃんが行くの。千津ちゃんを見送ってね」


 想像の中で千津ちゃんはくるりと背を向けて、僕は彼女に手を振った。


「どんな気持ち?」


「普通? っていうか、あまり何も感じないって感じ?」


 僕の言葉をきいて、彩乃はちょっと顔を顰めた。


「なんか、お兄ちゃん、冷たい。ちゃんと想像してよ? 生贄なんだからね。見送ったら、もう会えないんだよ? じゃあ、同じことをレイラちゃんでやってみて」


 僕はレイラを登場させて、そして見送ろうとして…失敗する。想像の中とは言え、行かせられない。ただの想像の世界なのに見送ることができない。


「…」


「ね?」


「本当に、本当に好きだと、見送れないんだよ。わたしも総司さんは見送れないの。土方さんは見送れちゃうけど」


 そう言って、彩乃はちらちらと周りを確認するように視線を動かす。その様子を見ながら、僕はもう一度想像の中でレイラを登場させて、歩かせようとした。ダメだ。置いていかれることがたまらなくなる。レイラをみすみす殺させるなんていうことができない。


 僕はゆるゆると首を振った。


 もしかしたら…と思って、片っ端から知っている女性で想像する。気持ちに若干の変化はあるけれど、ほとんどが見送ることができた。できなかったのは、彩乃とレイラだけ。


「僕は…」


 彩乃がぽんぽんと僕の手を叩いた。慰めるように、なだめるように、優しく。


「お兄ちゃんは、レイラちゃんのことが好きなんだよ」


「好き?」


「うん。愛してるの。そうでしょ?」


「彩乃が愛を語っちゃうんだ?」


 僕が茶化しても彩乃は取り合わずに、真面目な顔で僕の目を覗き込んできた。


「わたしだって総司さんを好きだもの。とっても大事なの。愛してるってことだと思うの。ううん。愛してるの。だからお兄ちゃんのことが分かるんだよ?」


 彩乃が僕の両手をぐっと握る。


「お兄ちゃんはレイラちゃんが好きなんだよ。素直にならないと後悔するよ?」


「そんなこと…」


「本当になんとも思ってないの? お兄ちゃん、レイラちゃんと一緒にいるととっても自然だよ。それにとっても優しい目をしてるの。気づいてないでしょ」


 彩乃が優しく微笑む。


「総司さんがわたしを見るときと一緒なの。とっても嬉しそうに優しく見るんだよ」


 僕は…。


「ね? レイラちゃんを探そうよ。お兄ちゃんだったら見つけられるよ。きっと」


「レイラは、もう見つけて欲しくないかも」


「そんなことないよ。そんなに簡単に好きになったり嫌いになったりできないよ」


「そうかな」


「そうだよ。ね? わたしと総司さんも手伝うから。後悔しないように探そう?」


 僕は思わず泣きたくなった。レイラを…本当に好きなのかどうか分からない。分からないことが一番苦しい。でも…彩乃の言うことが本当なら…僕はまた同じ過ちを犯そうとしているのかもしれない。


「わかった。探す」


「ほんと?」


「本当。見つけてみせる」


 その前に…。


「彩乃、悪いけどトシを呼んで」


「え? え? 土方さん呼ぶの?」


「うん。僕の心配の種はできるだけ消しておく。もしかしたら数日間、閉じ篭るかもしれないし」


「う、うん。分かった。がんばってね。土方さん、呼んでくるね」


 彩乃がパタパタと廊下の向こうに去っていく。


 僕はレイラを探すことを決めた。その瞬間から僕の頭が戻り始める。なんだかなぁ。これじゃ、本当にレイラに首ったけみたいだ。なんかあったな。そんな歌。まあいいや。


「おう。呼んだか」


 トシが来る。その後ろには総司と彩乃。


「トシ。眷族にするから。覚悟して」


「おっ?」


「さっき言ったじゃない。眷族になっていいって。だからする。時間がないから、さっさと済ませるよ」


 僕はトシを畳に座らせて僕の血を飲ませ、続けて彼の血を飲み、名前を呼び、名前を呼ばせた。あっという間に出来上がりだ。体を襲う衝撃の後に、トシが僕の眷族になった。


「血は…適当に冷蔵庫から出して飲んで」


「お、おい。なんかあまりにおざなりじゃないか?」


「仕方ないじゃない。時間がないんだよ。はいはい。僕の部屋から出て」


「おめぇ、一族への歓迎の言葉とかねぇのかよ」


 思わず僕は呆れた。


「あるわけないでしょ。トシはすでに一族で、父さんの眷族から僕の眷族になっただけなんだから。はいはい。延命、おめでとう」


「てめぇ…」


 トシが僕をにらみつけたところで、総司が割って入る。


「はい。土方さん、台所に行きましょう。喉、渇いていませんか? ね? ほら、やる気になった俊は放っておきましょう」


 総司は僕にへにゃりと笑ってみせると、土方さんの背中を押して台所の方へ去っていった。彩乃も「手伝えることがあったら声をかけてね」と言ってから、小さく手を振って総司の後を追う。


 よし。レイラの足取りを掴むには…手っ取り早いのは彼女の仕事を手伝っている眷族に連絡を取ることだろう。幸いなことに全部僕の眷族だからね。連絡をつけるのは難しくない。僕は携帯を片手にパソコンの前に座ると、メールと電話を駆使し始めた。


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