第13章 わからない気持ち(1)
帰ってきてすぐに僕は部屋に閉じこもった。頭が混乱しすぎていて、何が起こっているのか理解しきれない。
「レイラ…」
僕はごろりと畳の上に寝転んで、天井を見て、そして自分の手の平で目を覆って暗闇を作った。一体…何をどう考えたらいいんだろう。
レイラの言葉で思い出した。僕が唯一愛した女性。アリス。彼女は僕のことをショーンと呼んでいた。シュンだって言ったのに、どうやら聞き間違えたらしい。まあ英語だと馴染みのない名前だしね。彼女が僕の名前を呼んだのは数回しかないし、別にどうでもいいと思ったから放っておいた。
僕ですら忘れていたことをレイラは記憶の底から読み取ったんだろうか。一人で悶々としていると、誰かが部屋の前に立った。
「お兄ちゃん、レイラちゃんは? どうしたの?」
彩乃が障子の向こうから離しかけてくる。
「レイラは…消えた」
「え?」
障子ががらりと開けられた。彩乃が寝転がっている僕の傍に来て、ぺたりと座りこむ。
「どういうこと?」
「文字通りだよ。消えた。さよならって言って」
彩乃の目が大きく見開かれる。
「お兄ちゃん…何やったの?」
「…」
不自然な沈黙に、ますます疑惑を深めたらしい彩乃が僕の顔を覗き込む。
「お兄ちゃん…まさかレイラちゃんを振ってないよね?」
「…傍に居られるのは迷惑だって言った」
彩乃が息を呑んだ。
「なんでそんなこと言っちゃうのっ!」
あまりに大声に、バタバタと茶の間から誰かが走ってくる音がする。
「彩乃?」
総司だ。その後ろにはトシ。みんな暇なのか?
「いいから。出て行ってよ。僕を一人にしてよ」
「良くないよ。すぐにレイラちゃんを探そうよ」
「無駄だよ。レイラは消えた。地面に溶けた」
「どういうことです?」
総司までが口を出してくる。
「文字通りだよ。多分…レイラの能力だと思う。僕らでもお互いにお互いの能力を全部知っているわけじゃないからね」
ポツリとそう言えば、まだ彩乃が訴えるような目で僕を見ている。
「ねえ。お兄ちゃん。探そうよ。すぐに探せば、まだ近くにいるかも」
僕はのろのろと彩乃に首を振った。
「無駄だよ。もう二度と会わない、さようならって言って消えたんだ。多分、本当に二度と会う気はないよ」
彩乃が息を呑んで口元に手を当てた。
「そんな…。お兄ちゃん…それでいいの?」
「それでいいも、何も。それが一番いいんだよ」
「そんなこと」
彩乃が何かを言いかけたところで、トシがぐいっと彩乃の肩に手をかけて、押しとどめる。
「今は放っておけ。何を言っても無駄だ。頭を冷やさせるしかねぇだろ」
「土方さん…でも…お兄ちゃん…」
「それよりもあのねぇちゃんを探すほうが先だろうが。こいつは放っておけ」
それに納得したのかしていないか。僕が畳に視線を落としている間に、三人は障子を閉めて去っていった。
翌朝。三人はレイラを探そうとして、ジャックやデイヴィッドからメアリに連絡をとってもらったらしい。それでもレイラの行方は分からなかった。
「そのうち…イギリスのほうへは連絡が来るよ。彼女が仕事を投げ出すと思えないから」
僕は何もやる気が起きなくて、ぼーっとあのまま畳の上で寝転んでいたのに、彩乃と総司に引きづられて茶の間に来ていた。
ちゃぶ台に頬杖をつけば、皆が僕をじっと見る。僕はひらひらと手を振った。
「僕を見ても無駄。レイラの居場所は知らないよ。探す気もないし」
僕はのろのろと立ち上がった。
「悪いけど、部屋に戻るよ。ここにいる気分じゃないんだ」
せっかく引きずってきてくれた彩乃と総司には悪いけれど、本当に何もやる気が起きないし、話しているのもめんどくさい。
もう考えるのもめんどくさいし、身体を起こしているのすらめんどくさい。
よろよろと部屋に戻り、もう一回畳にごろ寝しようとして、せめて…と思いなおし布団を敷いた。布団を敷くのすらめんどくさいんだけど。自分でもどうしちゃったのか分からない。とにかく何もやる気が起きなかった。本を読む気すらしない。
寝転がって、天井をぼーっと眺める。頭の中は真っ白で、いつもかちゃかちゃと動いているような僕の脳みそは溶けてどこかへ行ってしまったような錯覚を覚えた。
本当に頭が白くなるってあるんだな。うん。




