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間章  深夜の遭遇

------- トシ視点 ----------


「ねぇ。こんなところで寝てないほうがいいんじゃないの? ちゃんと布団で寝なよ」


 俺は誰かの声で目が覚めた。


「ま、あたしは良いけどさぁ。俊にいに見つかったら、また煩いよ?」


 誰だよ。コイツ。寝ぼけた頭で目を開けば、頭の上から覗き込んでくる女の顔。一瞬ぎょっとした。気配が消えていて、誰か分からなかったが、あいつだ。宮月の妹、彩乃がいた。


「てめぇこそ、何やってんだよ」


 灯りはすべて消えていて、どうやらそれなりに遅い時間らしい。


「あたし? あたしは、こ・れ♪」


 俺に向かって、銀色の筒を振ってみせる。血液が入っている入れ物だ。


「飲んじゃったの忘れてて、離れの冷蔵庫にも入れておかないと、お腹空いたときに困るかな~って思って、取りに来たの。ふふ」


 こいつ、本当に彩乃か? 口調も違うが、目つきが違う。さっきから食われそうな気配だ。俺を値踏みするように見てやがる。


「ね。すっごく弱ってるでしょ」


「ああん?」


「今にも死んじゃいそう」


 心配しているような言葉とは裏腹に、死んだら食ってやると言われてもおかしくない表情。にやりと嗤って舌なめずりをしやがる。紅い舌がちろちろと唇から出て消えた。


 その瞬間に俺の背筋が冷えた。コイツは誰だ? 彩乃じゃねぇ。あいつがこんな殺気とも言えるような気を発したのを見たことがねぇ。


 すぐに動けるように身構えながら、俺は尋ねた。


「てめぇは…誰だ?」


 次の瞬間に、あれ? という声をあげて、女の雰囲気が和らいだ。


「聞いてないの?」


「何がだよ」


「リリアだよ」


「ああん? 何?」


「リ・リ・ア」


 はぁ?


「てめぇは…宮月の妹じゃねぇのかよ」


「そうだよ」


「総司の恋仲か?」


「そうだけど? 悪い?」


「ちょっと待て。そりゃ、彩乃のことだろう」


「だから、あたしも俊にいの妹で、総司さんの恋人なの」


 頭が混乱してきやがった。


「それよりさ。あんた、凄い、体が弱ってるでしょ」


「あ?」


 女は俺の身体の匂いを嗅ぐように、くんくんと鼻を鳴らした。


「腐ってきてるよね。身体の中から」


「そんなこたぁねぇだろ」


「あたし、ウソは言わないよ。いいけどさ。身体が溶けて死んでも。でもさ」


 女が俺をじっと見る。探るような目つきだ。


「腐って死ぬために、この世界に来たの?」


「ど、どういう…」


「だって、俊にいに偉そうなこと言ってたじゃん。不満があるなら自分を変えろとか、自分で変えろとか」


「子供の話のときか?」


「そうそう。そのとき」


 あれだ。宮月が子供はいらないって言ったときの話だ。あの話を知ってるってぇことは、こいつは彩乃なのか?


「で、自分は腐って死ぬんだ? 馬鹿じゃない?」


「おい。彩乃」


 女が顔を顰める。


「だからっ、リリアだって言ってんでしょ。この馬鹿」


「さっきから、人を馬鹿馬鹿言うな」


「だって、馬鹿なんだもん。あたしは彩乃じゃないの」


 訳わかんねぇ。


「あっ。もしかして…」


 女が視線を逸らして考え込むそぶりをする。


「土方さんとあたしって、初対面?」


「何言ってやがる」


「あ、そんな気がしてきた。ごめんね~。こっちは知ってるもんだから、知ってる気になっちゃった」


 本当にこの女の言ってることが分かんねぇ。


「ま。どっちでもいいや。死ぬやつに自己紹介は必要ないよね」


 女が冷たい顔で俺を見る。


「死ぬ死ぬ言うな」


「だって、死にたいんでしょ? 俊にいも彩乃も、総司さんもお節介だから、きっとそのままは死なせてくれないよ? ギリギリまで腐って死ぬんだよ。おめでとう」


 唇の端だけ上がった表情は冷笑。俺がぞくりとした瞬間に、女がピクリと動いた。


「総司さんだ」


 次の瞬間に、すーっと障子が開く。総司が顔を出した。


「リリア? 何をやっている? あ。土方さん」


「土方さんじゃねぇよ。コイツ、誰だよ」


 総司が照れたように笑う。


「私の心に決めた人ですが…」


「ああん? 彩乃はどうしたよ」


「昼間は彩乃。夜はリリアなんですよ。同じ身体を共有しているんです」


「はぁ? なんだ? そりゃ」


 総司が笑う。


「両方とも私の恋人なんです。いいでしょ?」


 そいつはいいのか? いいことなのか?


 リリアと名乗った、外見は彩乃そっくりな女が総司の腕に自分の腕を巻きつけて、反対側の手で銀色の筒を振ってみせた。


「もう無くなっちゃったから、取りに来たの。そしたら土方さんに会っちゃった」


「ああ。そういうことだったんですね。じゃあ、戻りましょう。土方さん、お休みなさい」


「おお」


 俺の返事を聞いてから背を向けた総司に見えない位置で、女がにっと俺のほうを見て嗤った。冷たい嗤いだ。総司はこいつがこんな嗤いかたをすると知ってるんだろうか?


「じゃ、また会えたらね~」


 そいつの言葉には、次に会えない可能性を含んでいた。


「おい」


「何?」


 俺の呼びかけに二人して足を止める。


「宮月の…眷族とやらになれば…身体は治るのか?」


 女が首をかしげた。その仕草は彩乃とそっくり同じだ。


「さぁ? 俊にいに聞いて? でも俊にいが眷族にしたがってるってことは、治るんじゃないの?」


 そう答えて、女はさっきよりも少しばかり冷たさの和らいだ顔で、にっと嗤って去っていった。


 リリアって言ったか? 女にも驚いたが、それを受け入れて平然としている総司にも驚いた。この家はまるでカラクリ屋敷だ。いや。お化け屋敷だな。家主からしてアヤカシだときてやがる。


 いや、ちょっと待て。そうしたら俺もお化けの仲間じゃねぇか。俺は何役だ?


 一瞬「腐った死体」という言葉が頭に浮かんで、思わず打ち消した。


 それよりも…。どうするか考えねぇとな。たしかにあの女の言うとおりだ。今の状況は俺の本意じゃねぇな。どっちにせよ、早々に腹をくくる必要がありそうだと俺は理解した。


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