間章 好きになるとき
------ (彩乃の友人)千津視点 ------
十二月に入って、大学の休みが近づいてきてる。みんな冬休みの話題で一杯で、そんな中、彩乃ちゃんのうちに遊びに行きたいなって言ったら、いつでもいいよ、だって。
彩乃ちゃんのね、お兄さんは、凄くカッコイイの。彩乃ちゃんは格好いい人に囲まれてると思う。よく迎えにくる彼氏もカッコイイし。
「彩乃ちゃんの稽古姿って見てみたいな」
「え?」
「なんか、女剣士? って感じ?」
私が言えば、彩乃ちゃんがふんわりと笑った。私から見ても彩乃ちゃんって綺麗だと思う。綺麗な笑顔で笑う彩乃ちゃんが素敵すぎて、思わず腕に抱きついたら、彩乃ちゃんがぽんぽんと私の頭を撫でた。
最近の彩乃ちゃんの癖? 彼氏の癖がうつったのかな。よく彼氏さんは彩乃ちゃんを撫でてるよね。私は背も低いし、ぽちゃっりしてるし…彩乃ちゃんに言わせると撫でやすいんだって。ま、いいかな。彩乃ちゃんに撫でてもらえるなら嬉しいし。
「じゃあ、今週の土曜日に来る? 稽古しているから千津ちゃんは暇かもしれないけど、いい?」
「え? いいの?」
私は休みに入ってから…って思っていたけれど、すぐでもいいみたい。
「うん。いいよ。大丈夫」
彩乃ちゃんがにっこり笑う。
「やった~。彩乃ちゃん、大好き」
「うん。わたしも千津ちゃん、好き」
彩乃ちゃんに言われるとドキドキしてしまう。うふふ。嬉しいな。土曜日が待ち遠しい。
そして土曜日。バーンという擬音がしそうな家の前に、私は立っていた。なんなの。この家。ここ、現代? なんか武家屋敷みたい。なんとかワンダーランドとかじゃないよね?
お土産に買ってきたバームクーヘンの紙袋をギュッと握り締めて、インターフォンのボタンを押すか押さないか、迷ってしまった。
『宮月』
うん。表札は彩乃ちゃんの苗字。
ボタンを押そうとして、顔を上げて、思わず悲鳴をあげた。
「きゃぁ~っ!!」
顔を上げた先にいたのは、木の上からこちらを睨みつける大きな人。人…だよね? ゴリラじゃないよね?
悲鳴をあげた瞬間に、大きな人が木の上から落ちた…と思ったら綺麗に着地した。よく見れば…外国人の男の人。でも腕が太くて、体中筋肉みたい。その人がにっと笑う。
「誰を訪ねてきたの? 彩乃かしら?」
…。えっと。外見に似合わないオネエ言葉。どう反応したらいいか分からず固まっていたら、どこからか袴姿の彩乃ちゃんが現れた。
「千津ちゃん! 大丈夫?」
とたんに目の前にいた男の人の機嫌が悪くなる。
「あら。彩乃。失礼ね。私は何もしてないわよ」
彩乃ちゃんが私と男の人を交互に見る。私は男の人に謝った。
「ごめんなさい。突然だったんで…びっくりしました」
「いいわよ~。ちょっと誰かいるな~って思って見てたから。こっちも驚かせてごめんね~」
オネエ言葉全開にして、その男の人はひらひらと手を振って去っていった。
「えっと…彩乃ちゃん?」
「あ、えっと。えっと。…道場に行く?」
「う、うん」
謎の人物の説明はなく、そのまま庭を突っ切って…わぁ。凄い。なんか道場がある。
「えっと…道場?」
「うん。道場なの」
中に入れば、真ん中に彩乃ちゃんの彼氏、総司さんが立っていて、周りで数人の男の人たちが、木刀を振り回していた。
総司さんがこちらを見たから、ペコリと挨拶をすれば、「いらっしゃい」と言われる。ああ。優しい笑顔が眩しいっ!
稽古は凄かったの。木刀で打ち合ったり、一部の人は剣を使ったり。本物かな? 良くわからないけど、見ていてドキドキした。同じサークルの柳瀬君もいて、まるでサークルのときの軽さがウソみたいに、真面目な顔をして木刀を振っている。あんな真面目な顔もできるんだって思った。あはは。
あ、彩乃ちゃんのお兄さんもいて、カッコ良かったよ。うん。やっぱりいつ見ても目の保養になるって思うの。でも見るだけの人かな。一緒にいたら気後れしちゃいそう。
そしてもう一人、私の目を引く人がいた。私と同じぐらいの年かな。大学生っぽい。習っている人の間では一番上手だと思う人。あまり良く分からないから、本当は違うかもしれないけど。でも動きが早いの。無駄な動作がない。
ぼーっと見とれているうちに、稽古は終わった。もちろん彩乃ちゃんも格好良かったよ~。彩乃ちゃんって、本当に私に無いものを持ってるって思うの。憧れちゃう。
彩乃ちゃんに誘われて、大きなお家にあがる。木の廊下に障子に襖。凄い。これぞ日本って感じ。
「えっと茶の間でお茶でも…」
そう言ってガラリと曇りガラスの間に障子が貼ってある混じった引き戸を開ければ、そこには男の人が寝転がっていた。
「ああん?」
「土方さん…」
彩乃ちゃんの声が小さくなる。
「お友達を連れてきますって言ったのに」
「おう。そう言えばそうだったな。わりぃわりぃ。暇なんだ」
寝転がっていた男の人は、ちっとも悪いと思っていない雰囲気で彩乃ちゃんに謝っている。
「お兄ちゃん…また文句言うと思う…よ?」
「いいんだよ。ちっとぐらい」
この人も凄い美男子。彩乃ちゃんのお兄さんが西洋風な顔なら、この人はすっきりとした日本風。この日本家屋に凄く良く似合う。
「彩乃。私の部屋に来ない?」
後ろから女の人の声が聞こえた。
「私も彩乃のお友達と話してみたいし。混じってもよければ」
くるりと振り返って絶句。だ、誰? この凄い美女。胸はあるし、ウェストは細くて…体の線がセクシーで…思わず上から下まで見てしまった。
「あ。レイラちゃん…。千津ちゃん、レイラちゃんはいとこなの」
い、いとこ? えっ? だって金髪だし。緑の目だし。もう唇のほくろが色っぽくて反則だと思う。
「か、柏木千津ですっ。よろしくお願いします」
思わず挙動不審。レイラさんはにっこり笑って、「こちらへどうぞ」って綺麗な日本語で言ってくれた。凄い。なんか彩乃ちゃんのお家って次元が違うよ?
うちなんてお父さんもお母さんも普通だし。おうちも普通の家だし。
案内されて入った部屋は…そこだけファンシーだった。えっと。うん。ファンシー。白いレースのカーテンが揺れていて、白いローテーブルにパステルピンクのテーブルセンター。生成りのローソファー。そこに黒い猫のぬいぐるみ。
彩乃ちゃんもきょろきょろと周りを見回している。
「レイラちゃんの部屋…初めて入った」
あ、そうなんだ。レイラさんがポンポンと黒い猫のぬいぐるみを持ち上げて、軽く叩いた。
「彼にはちょっとどいていてもらいましょ」
まるでぬいぐるみに話しかけるように言うと、そばにあったパソコン机に置く。私もぬいぐるみが好きだから、思わず見にいってしまった。
「かわいい~」
そう言うと、レイラさんの頬が少し赤くなる。
「その子はこの前見つけたの。それで…離せなくなっちゃって…」
黒猫の茶色の目がこちらをじっと見てる。ちょっと澄ましたような、でも笑っているようなそんな表情。
「ぬいぐるみ、可愛いですよね~。名前、付けました?」
私がぬいぐるみに名前をつけちゃうほうだから、ついうっかり聞いてしまった。この歳になって、おかしいよね。
「あ、普通、つけないですよね~。あはは。私がつけるから」
そうごまかすように言えば、意外な返事がきた。
「あ…名前、付けちゃった」
レイラさんが耳まで赤くなる。可愛い~。凄い大人の女の人なのに、照れてる姿は可愛くて。
彩乃ちゃんといい、レイラさんといい、反則だと思う。
「え? レイラちゃん、ぬいぐるみに名前、つけたの?」
彩乃ちゃんがレイラさんに尋ねた。レイラさんがますます赤くなる。
「え、ええ」
「照れなくても大丈夫ですよ~。私も一杯つけますもん。なんて名前ですか?」
私が言えば、レイラさんはちょっと照れながら、黒猫を撫でた。
「この子は、ショーンって言うの」
「ショーンくん…」
「ええ。少しひねくれものだけれど、いい子なのよ」
そう言って、レイラさんは撫でていた黒猫を胸に抱いて、ソファに座る。なんか絵になるんだけど。彩乃ちゃんと私もペタンと低いソファに座り込む。
「普段は意地悪だけど、いざというときには助けてくれるの」
一生懸命、ぬいぐるみの話をするレイラさん。わかるっ! だって、私もぬいぐるみ一つ一つにストーリーをつけるの。この子はどんな子って。
きっとレイラさんもそういう人なんだって思った。
「あ。ごめんなさい。私、お茶も入れないで」
レイラさんが、ぽんと抱いていた黒猫を自分の座っていたところに身代わりのように座らせると、障子を開けて出ていった。
彩乃ちゃんがじーっと黒猫のぬいぐるみを見ている。
「どうしたの? 彩乃ちゃん」
「ん~」
彩乃ちゃんが首をかしげた。
「なんかね。この黒猫…お兄ちゃんになんとなく似てるの」
「そう…かな?」
「うん」
あの格好いいお兄さんと黒猫? 私には分からないけど、彩乃ちゃんから見るとそうなのかも。
「お待たせしました」
レイラさんがお盆に紅茶を乗せて戻ってきて、その後は三人でいろんな話で盛り上がる。
最後に私は思い出した。
「あのね。彩乃ちゃん。稽古のときに上手だった男の子…誰?」
「え? どんな人?」
私は思い出しながら、その人の描写をした。
「あ。修平くんだよ。南部修平くん。わたしと同じ剣道の先生に習ってるの」
私はその名前を覚えこんだ。




