間章 あのころ
----------- トシ視点 -----------
ごろごろと寝転びながらテレビを見る。便利だな。このテレビって奴は。適当にかちゃかちゃとチャンネルを回せば、将軍様の特集をやっていた。
すげぇ時代だ。お城の中もカメラとやらが入って、こうやって庶民に見せてくれる。ありがてぇこった。
「いえもちくんだね」
宮月が俺の横に腰を下ろして、ちゃぶ台にひじをついた。肘をついた側の手で頭を支えながら、反対側でちゃぶ台の上のクッキーを摘む。さっき異人のねぇちゃんが作っていたやつだ。
それは良いとして…今、妙なもんを聞いたような…。
「てめぇ、今、なんつった?」
「ん? いえもちくん」
「ああん?」
「今の、徳川家茂くんでしょ? 14代将軍」
おれはその瞬間にがばりと起き上がった。
「将軍様に向かって、なんつうことを」
「いや。だって。もう歴史上の人物だし」
「相手は将軍様だぞ? しかも俺らの時代の将軍様で、この方をお守りするために大阪まで行ったり、戦ったりしてんだぞ?」
「うん。わかってるよ。この顔も知ってるし」
画面ではちょうど将軍様のご尊顔の絵が紹介されているところだった。
「うわっ。勿体ねぇ」
俺は両手を合わせて将軍様のご尊顔を拝んだ後に一瞬何かが頭をよぎって、宮月を見る。
「宮月、今、おめぇ、なんていった?」
「ん? 顔を知ってる?」
「ああん? んなわけねぇだろ」
「会ってるし」
俺は思わずマジマジと宮月の顔を見た。いや。待てよ。こいつの場合、与太が混じるからな。そうだ。そうに違いねぇ。与太だ。与太。
「家茂くん、真面目な感じで、いい子だったよ」
「おいっ」
「優しそうで、素直で」
俺は眉を顰めた。宮月は何か感じたらしい。
「嘘じゃないよ。二条城に忍び込んだから」
「ああっ? どういうこった」
大声を出した俺に、わざとらしく宮月が耳の穴をふさいでみせる。
「うるさいなぁ。近藤さんの『お願い』で春嶽さんを脅しに行ったんだよ」
俺は唖然とした。そういや、そんな話をかっちゃんから聞いた気がする。えらく内密な話として聞いて、宮月がそんなことが出来るわけねぇと思っていたから、鼻で笑った覚えがあるぞ。
「おめぇ、まさか…本当にやったのかよ」
「やったよ」
宮月がクッキーを口の中に放り込みながら、しらっと答えた。いやいや。クッキーを食べている場合じゃねぇだろう。
「なんで春嶽公に会うのに、将軍様に拝謁してんだよ」
「春嶽さんの顔を知らなかったから、教えてもらったんだよ」
はぁ? こいつ今、なんっつった? 春嶽公を探すために、将軍様を使ったつぅことか? 恐れ多いことを。呆れ果てて言葉が出てこねぇ。
「あ、このふすま絵見たよ。実物は綺麗だったな~。さすがに150年も経つと色褪せるね」
そんなことを言いながら、あははと笑ってやがる。心底呆れ果てた。
「おめぇ、長生きするぜ」
宮月がびっくりしたように俺の顔を見た。
「何だよ」
「それ、がむ新くんにも言われた」
「てめぇ、何やりやがった」
「いや。別に? がむ新くんを無事に帰すために、適当に口先三寸で丸めこんで、待ち伏せの侍を撒いただけ」
…だけって…だけじゃねぇだろ。それ。どういう状況だ? そう考えて、思い当たった。
「あれか? 荒木田たちのときか?」
「うん。それ。今だから言うけど、一晩中天井に張り付いて見張ってた。がむ新くんはこんなところで死なないとは思ってたけど、目の前で死なれたら後味が悪いしね」
へらへらと笑って言う奴の肩を俺はポンと叩いた。
「悪かったな。気づかなくて」
「いや。別に。誰にも言えないし。別に人間じゃないから一晩ぐらい寝なくても平気だし。まあ、天井が張り付きにくかったから、面倒だったけど」
なんてこった。俺がこれ以上、礼を言ってもこいつはへらへらと笑うだけだろう。それに調子に乗られても困るしな。
おれは心の中でもう一度こいつに礼を言うだけにして、あとはテレビの中に映る二条城を見ることにした。




