第12章 それぞれの秘密・前編(3)
「トシ! バレるんだから、子供みたいなこと、しないでよ」
そう言ったとたんに、のそりと隣のふすまが開く。
「なんで分かった」
「匂いが残ってるし、この家の中でテレビを好んで見るのは、トシぐらいなんだから」
「ちっ」
「動きまわるとまた傷が開くから」
「別に気にすんな」
「気にするし。僕の手間になるから、早く腹を括って僕の眷族になるって決めてよ」
「けっ。誰がおめぇなんかの」
「強制的にならせるよ?」
「まあまあ」
僕らの毎度の言い争いに、これまた慣れたように総司が間に入る。
「とにかく、土方さん、すぐに横になってください。血液、部屋にもって行きますから」
「暇なんだよ。俺は」
「だ~か~ら~」
言いかける僕の視界を塞ぐように総司が立ち、トシの背を教えて部屋に向けて歩き出させる。
「土方さんもこれ以上、俊を刺激しない。本当に強制的に眷族にされちゃいますよ」
「できんのかよ。そんなこと」
「俊ですからね。奥の手を持っていますよ。きっと」
総司はちらりと僕を見て、意味ありげに笑うと、再びトシの背中を押しながら行ってしまった。
あの日。トシが目を閉じた後、僕は必死で頭を動かして、ある可能性に気づいた。
「彩乃、総司、レイラ。悪いけど、背中を向けて。こっちを見ないで」
怪訝な顔をする三人に、再度頼む。
「早く! 手遅れになる前に」
意味が分からないなりに何かを察して、三人が背中を向けた。僕はそれを受けて、穴が開いて血が止まらないトシの胸をめがけて、喉の奥から液体を吐き出す。見られたもんじゃないよ。この姿は。
まるでよだれを垂らしているみたいで、やっている僕自身もうんざりしながら、でろでろとした液体がトシの胸に落ちていくのを眺める。液体はアメーバのように動いて、穴の中に吸い込まれていく。これには僕も目を瞠った。
今までは舐める程度で使っていたから、こんなに大量に吐き出したことがないんだよね。あ、一度手荒れを防ぐ薬を作ってみるために吐きだしたことがあったけど、それでもこんな動きはしなかった。なんてこった傷口を探すがごとく動く液体だったわけだ。
一体本当に僕の身体はどうなってるんだ? まあ、いいや。
トシの胸から零れるぐらいに液体を吐き出したところで、僕は彼の首筋に指を当てた。よし。脈はある。
しかし…気持ち悪い光景だよ。血の上に透明な半ゼリーみたいな液体が落ちていて、なんていうの? 胸の部分に唾が一杯吐き出されている感じ? それが微妙に動いているんだから。自分でやっておきながら、生理的に嫌な感じだ。
「ん? 宮月?」
トシの意識が戻って、声がしたとたんに三人が後ろを向いた。
「うわっ。何ですかこれ」
総司がのけぞり、彩乃とレイラも目を見開いている。
「あ~。えっと。外傷を治す…液体?」
「なんか…汚い感じがする…」
彩乃に言われるとショックだ。レイラが奥からタオルを取り出した。
「見るに耐えないから、ふき取ってよければ、ふけば?」
そう言って、レイラは僕にタオルを渡そうとして、一歩下がった。
「動いてるの? これ」
あはは~。僕も笑うしかない。
「あ~。動くみたい。僕も知らなかった」
「一体どこからこんなもの…」
総司の問いに僕は自分の喉を指差した。
「ここ」
「え?」
「喉の奥から出るんだよ。そういう液体。一族にも効くから、こういう場合でも効くんじゃないかと思って。やってみたら治っていくから。正解かな」
「うーん」
総司が唸る。
「わたし、絶対にケガしたくない」
こらこら。彩乃。
「私もです。俊のお世話になりたくないですね」
「なんか酷いなぁ。せっかく助けたのに。それに一族だったら普通は自力で治るから、僕がケガの手当てをすることは無いね。多分」
そう伝えれば、目に見えて二人がほっとするもんだから、思わずむっとする。まったく僕に対する扱いが酷くない? ま、いいけどさ。
レイラを見れば、僕らの様子にくすくす笑っている。いや。そこはなんかフォローしようよ。そう思ったけどレイラは僕の心の声が聞こえてないのか、無視したのか、スルーした。




