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第12章  それぞれの秘密・前編(1)

 夕焼け雲がゆっくりと流れていく。いつの間にか周りはクリスマスシーズンに入っていた。というか、街を歩くとハロウィーンが終わった翌日には、クリスマス装飾になっていた。早すぎないか? クリスマス。まあいいけど。十二月に入れば長いクリスマスシーズンの最後のほうだ。


 ついでに言えば、日本では12月25日には、もうお正月のディスプレイになる。本当は25日こそがクリスマスなのに、何かが変だと思うんだけれど、現代日本ではその感覚がないんだな。ある意味切ない。


 窓枠に身体を預けながら、ぼんやりと外を見る。うーん。あの大きな木は電飾で飾ったら立派なツリーになりそうだな~なんて思いつつ眺めていれば、カラスがふわりと降り立った。


 視点が高いこの窓からは、下を歩いている人たちが小さく見える。病院の患者さんたちばかりだから、クリスマスっていう気分じゃないだろうけどね。窓越しに見る風景は、ちょっと寒そうで…もう冬なんだよね。うん。


 白い壁。消毒液のにおい。くるりと振り返れば、チューブがつながっているベッド。正確に言えば、チューブはベッドに寝ている人物に繋がっているわけだけど。僕が来ているのは病院だ。近藤さんのお見舞いに来て、窓からぼーっと外を眺めていたわけだ。


 今度はぼんやりと部屋を見ているうちに、ベッドの上の人物が、のっそりと目を開いた。このタイミングで目を覚ますと思わなくて、思わずベッドサイドに足早に近寄る。


「えっと…ここは?」


 はっきりと発せられた言葉に顔を覗き込んだ。


「病院ですよ」


「病院? なぜ」


「僕、分かります?」


 彼は僕をじっと見てから口を開いた。


「えっと…宮月くん…」


 ん? 宮月「くん」? まあ、いいや。確かに僕のほうが年下に見えるしね。


「はい。宮月です」


 僕がそう言えば、近藤さんが安心したように笑った。


「ここは病院で、約一ヶ月眠ったままだったんですよ」


「えっ」


 近藤さんが目をぱちくりとさせる。


「なんか打ち所が悪かったみたいで…。寝たり起きたり」


 キィッと音を立ててドアが開かれた。


「俊」


 総司が花瓶に花を生けて入ってくる。彩乃も一緒だ。


「近藤さん、目を覚ましたよ」


 僕がそう言うと、近藤さんは寝た姿勢のままドアのほうを向いて、そして笑った。


「ああ。総司まで来てたのか」


「はい?」


 総司が怪訝な顔で立ち止まる。バー・ライトブルーに総司は何度か行っているが、その際に近藤さんは「沖田さん」と呼んでいたはずだ。いきなり名前を呼んで親しげにしているその姿に違和感を覚える。


「彩乃くんまで…すまないね」


 彩乃は近藤さんを見て、僕を見て、ぱちぱちと目を瞬いた。僕が知る限り、彩乃と近藤さんは初対面なはず。もしかして…。妙な期待感を持ちつつ、僕は近藤さんに問いかけた。


「近藤さん、他、僕らの仲間って、誰がいたか…覚えてます?」


 冷静にそう尋ねれば、近藤さんはにっこりと笑う。


「当たり前だ。トシの心配性がうつったみたいだな。宮月くん」


「名前、言ってみてもらえます?」


「いいけど…人数が多すぎるよ」


「思いつくままでいいですよ」


 僕が言えば、近藤さんは天井を向いたまま、名前を挙げ始める。


「源さん、永倉くん、平助、原田くん、斉藤くん、ああ。そうだ。山南さん…あれ? 山南さんは…」


「えっと他には?」


「他に? あ、ああ。芹沢さん、新見さん、いや…えっと…」


「あ、他に」


「他に? 伊藤さん、松原さん、武田くん、島田くんに…山崎くん…あれ? ちょっと待ってくれ」


「他にも思い出しますか? そうだなぁ。源さんはどんな人でした? 外見は?」


「え? 源さん?」


 近藤さんが記憶のおかしさに気づく前に、僕は次々と問いを発した。総司と彩乃が固唾を飲んで見守っている。そして近藤さんが描写した源さんは、僕らが知っている、井上源三郎さんそのものだった。


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