第5章 大和屋燃ゆ(1)
文月といえば、「乞巧奠」だ。今なら七夕祭りだけど、元々は中国から渡ってきた神事で、芸事を祈ると上達するといわれている。
ちなみに現代だと七夕は7月7日の夜にやるけど、元々は7月6日の夜(=7月7日の夜明け前)にやるものだった。
今は夏のど真ん中。盆地の京都は暑いことは暑いんだけど…コンクリートがない分、熱がこもらない。現代ほど暑くない。クーラーとかないから、クーラーから出る熱がないしね。
暑いせいか、なんなのか。日に日に彩乃もリリアも、ぼーっとしている時間が多くなって大丈夫かな~と思っていたところで、文月(七月)に入り、大阪に行っていたメンバーが戻ってきた。
屯所は一気ににぎやかになる。
大阪で芹沢さんは、また大暴れしたらしく、それをきっかけに力士と大乱闘。角材もった力士を相手に、一同がやりあったらしい。
この人たちはまったく…。
「それで相手の力士が芹沢さんと揉み合いになっちゃって。」
と総司。
平助の部屋と僕らの部屋の襖を取っ払って、永倉と左之、総司、彩乃も交えて、僕らは大阪の土産話を聞いていた。
大坂北新地で力士といざこざを起こして、熊なんとかっていう名前の力士を殺してしまったらしい。それで仲間の力士たちが怒って、宿場まで角材を持って襲ってきたんだけど、まあ、あのメンバーだからねぇ。返り討ち。最終的には和解したという話だった。
「でもよ、今回の件で、相撲を共同でやるんだと」
そういったのは永倉。
驚く一同に、
「懇親のためらしいですよ」
と総司がフォローする。
新撰組…いや、壬生浪士組が相撲って、結構びっくりだよね。
「まさか、俺達がやるわけじゃねぇよな」
これは平助。うん。僕もそれが聞きたい。
「いえ、後援って感じです」
総司がフォローする。
そうだよね~って、安心した。いろいろあるもんだね。
僕が知ってる幕末の歴史なんてほんの一部だ。自分が調べて読んだ部分については覚えてるけど、そうじゃない部分については、ほとんど知らない。まあ、当たり前か。
だから新撰組が相撲をやるって聞いたときにはびっくりだった。
この相撲については、後日談がついて、みんな一丸となってスポンサー探しに奔走することになった。ただで壬生浪士組に金を出せっていうよりはマシだけどさ。
とはいえ、あまりいい顔をしてくれないのも確かで…。
ノルマまで課せられてしまって弱り果てた僕と彩乃は、唯一力になってくれそうな善右衛門さんのところに行くしかなかった。




