第11章 安目(4)
僕らがやったことは表ざたにならなかった。少なくともニュースにはなっていない。あれだけの死体をどうしたのかと思うけれど、あの場所を家捜しされたら困るのは組のほうだろう。DNA鑑定でもやれば、他の殺人容疑が絡みそうだ。
それから数日後。暗闇の中、僕は誰にも気づかれないように、ある家の高い塀を飛び越えた。最後の仕上げだ。監視カメラの類はすべてレイラが無効化している。僕は人間だけを気にすればいい。音も立てずに建物に忍び寄る。大きな窓ガラスに吸盤式の取っ手をつけて、ガラス切りで切ってそこから手を突っ込む。泥棒とまったく同じ手口だけど、穏便に忍び込むなら仕方ない。
内側から鍵をはずしてガラスをスライドさせれば、自分が滑り込めるぐらいの隙間が開く。土足のままじゃ悪いかな~と思ったので、靴を脱いで、逃げるときのために袋に入れて背負った。非常にマヌケだ。まあ、いいや。
脅しの意味も含めてヒップホルスターから拳銃を出して構えつつ、目的の部屋に向かった。眠っている壮年の男が一人。表向きは某会社の代表取締役。そして裏は某暴力団の組長だ。彼は、僕らが潰したところとは敵対していた暴力団のトップ。
ここまで気配を殺してきた僕は、拳銃をそいつの額に押し付けると思いっきり殺気を発した。
「起きて」
ぱちりと音がしそうなほど、男は目をがっと見開いた。まあ、暗いから人間の目じゃ僕のことは見えないかもね。
「しーっ。静かに。声を出さない。頭に押し付けられているのは拳銃だから。OK?」
男の目がさらに見開かれて、震えるように頷いた。凄い勢いで汗が溢れてくる。
「今のところ殺す気はない。ちょっと話がしたくて来た。大人しくしてくれれば、殺さない。OK?」
また微かに頷く。そこで僕は拳銃を額から離した。
「寝たままだと話がしづらいだろうから、身体を起こしてもいいよ。ただし、変なことをしたら即殺す」
相手が身体を起こすのを手伝ってやったところで、もう一度拳銃を額に当てる。本当は今のところ殺す気は無いんだけどさ。脅しだ。
「な、何者だ」
男から漸く声が出た。微かに震えが感じられるけれど、それでもしっかりしているのは、さすがトップというべきだろうか。
「僕が何者かは詮索しないように。話の内容は簡単だ。先日僕らが潰した事務所の後始末のことだ。ちょっと手伝ってもらいたい」
そう伝えれば、男が息を呑む。
「敵対組織のこととは言え、知っているよね? まさか…全員が夜逃げしたなんて思ってないよね? あれは僕らの仕事だ」
「あいつらは…」
「死んだよ。死体も処分させてもらった」
「どうやって」
「それは企業秘密だね。とは言え、ドラム缶に入れて沈めたり、どっかに埋めたりなんて足のつくようなことはやってないから、証拠はないよ」
「俺に何の用だ」
僕は暗闇の中で肩をすくめた。
「お願いがあるんだ。抗争をやってた土地。そこを買い取って欲しい。破格の値段で」
「どういうことだ?」
「言ったとおりの意味だけど? 通常の三倍の価格で買い取って欲しい。あなたの命の値段だと思ったら安いもんでしょ」
男が黙り込んだ。しばらくの沈黙の後に、重い口が開かれる。
「俺らは安目は買わねぇ」
「どういう意味?」
「自分たちに不利なことはしねぇってことだ。あの場所に金を出して買うようなことはしねぇ」
やれやれ。
「あのさ。君たちは、僕らに喧嘩を売った。それだけで充分、不利なんだよ」
「喧嘩? なんのことだ?」
「まあ詳しくは説明しないけれど、抗争のとばっちりをとんでもないところに飛ばしたことは確かだね」
「意味がわからん」
「ねぇ。僕がどうやってここに入り込んだと思う? あなたの屋敷のセキュリティなんて、僕らにとったらザルだ。つまり何度でも殺しにこられるってこと。しかも証拠も残さずにね。まだ納得できないなら、もう一つヒントをあげるよ。君たちの敵対組織にヤマシナって男がいるのを知っている?」
男の身体が緊張するのが分かった。
「彼がもうこの世にいないのは知っているかな? 僕らに手を出したせいでね」
「お前ら…ということは、組織か? どこのもんだ」
「ある意味組織だね。あなたが思っているものとは違うけど。暴力団でもマフィアでもないよ。人間には知らないほうが幸せということがあるっていうのは分かると思うけど?」
思わせぶりに言えば、男の喉がごくりと鳴る。




