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第11章  安目(1)

 帽子を目深にかぶって、髪はもともとの運転手を見習って茶髪に染めた。ついでに黒いふちのメガネだ。手には白い手袋。よし。変装は完璧。ちなみに僕が座っていた場所にいた奴は、後ろから襲って、目隠し、耳栓、猿轡をして、トランクに放り込んである。


 ドアを開けてお辞儀をする俯いた状態で待っていると、目当ての男が何も疑わずに車に乗り込んできた。反対側に秘書らしき男が乗り込もうとドアに手をかけたところで、急いで車に乗り込み、アクセルを踏み込んだ。出入り口の警備員が気づく前にゲートを抜けて、道路に出る。後ろから銃声が聞こえたような、聞こえなかったような。どちらにせよ当たっていないから問題ない。


「な、なんだ。君…」


 男の言葉が止まったのは、わき腹に突きつけられた銃のためだ。


「静かにしていてください」


 座席の下に隠れていた総司が、男の隣に座る。伊達メガネをかけて髪をオールバックにし、スーツを着ているので、いつもとだいぶ雰囲気が違う。傍目から見たら秘書が乗り込んでいるように見えるだろう。それでも微妙に違うのは、銃を持っていることと、その手に薄い手袋がつけていることだ。下手に指紋が残らないように。


 僕としては総司にこういうことを手伝わせるのはどうかと思ったんだけど、ジャックやデイヴィッドでは大きくて、座席の下に隠れられないのは明白だからね。総司に頼むことになったわけだ。


「ヤマシナさんですね?」


 僕の問いに男が黙り込む。黙り込んでも無駄なんだけどね。容姿からなにからばれているわけで、間違えようがない。四十代。精悍な顔立ち。キツイ目つき。


「君達は一体、何者だ。私が誰か分かっているのかね?」


 さすがだね。心音や汗の匂いから緊張はしているらしいけれど、表面上は落ち着いたままだ。レイラの調べによれば、この男は近藤さんと土方さんに暴行した組の幹部だ。一番の稼ぎ頭らしい。そしてあのバーがある縄張り一帯のボスとも言える。いくつかの企業といくつかの縄張りが、この男の管轄になる。


「先日、友人があるバーで襲われたんですよ」


 そう伝えれば、男がすっと目を細めてバックミラー越しに僕を見た。


「それが何か?」


「いえ。別に」


「お友達はお気の毒だが、私には関係ないことじゃないかね?」


「そうかもしれないし…そうではないかもしれない」


 男は僕をじっと見ているだけだ。男が認めるとは思えないし、彼の部下がやったことを彼が感知していないかもしれない。けれど、すでに賽は投げられた。


 僕は組織に大打撃を与えることに決めていた。その為に、僕らに直接手を出した下部組織は潰した。それからこの組の一番大きな事務所も、ジャックとデイヴィッドが潰した。あとはこの男がいなくなれば、組織はガタガタになるだろう。


「あのビルがあった場所。相当酷い地上げをやったらしいね。同じ会社かな? あなたが持っている不動産会社。あちらこちらで酷いことしているよね」


 返事はない。


「ああ。そういえば、麻薬の取引も結構大掛かりにやっているんだっけ? 来月、大きな取引があるらしいね。あなたがいなくなったら、どうなるのかな」


 男の目がぎらりと光った。


「てめぇ。何者だ」


 取り澄ましたビジネスマンの仮面が剥がれる。身体が前かがみになりそうになったところを、総司が後ろに押さえつけた。これ以上話さなくても僕らが友好的じゃないことは、十分に分かっただろう。


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