第10章 出入り?(5)
トシに続いて僕も隣の部屋に入ったとたんに、トシはいち早く逃げ出そうとしていた奴に切りつける。そのまま斬り付けたもんだから、そいつが窓から大きく身を乗り出して、外に落ちそうになった。間一髪で僕はそいつのごま塩頭の下にある襟首を掴む。
「外には落とさないでよ。後が面倒だから」
トシに文句を言って、そいつの身体を室内に引き入れて床に落とした。見事な刀傷がそいつの身体にはついていて、身体が半分に千切れかけている。当然息はしていない。
「満足?」
僕が聞けば、トシは「けっ」と返事をして踵を返す。そのまま元の部屋に戻れば、残りはすべて総司が片付けた後だった。
「見事に血だらけだねぇ」
僕が呟けば、またトシが「けっ」と返事をする。それは満足とは程遠い表情だった。僕らは人間じゃない。こういう場面でそれは嫌というほど感じる。絶対的な力の違いから、戦ともいえない。一方的な虐殺だ。
「これで…こいつらも反省しただろうよ」
っていうか、反省以前に、死んじゃってるけどさ。ふと総司を見れば、総司はじっと自分の手を見つめて、そして床を見ていた。
「なんか…久しぶりだと…違和感がありますね」
寂しげに嗤う。
「平和ボケだ」
トシがはき捨てるように言って、部屋のから出ようとしたときだ。
ドクン。ドクン。
僕は部屋の中に4つ目の心臓の音が聞こえることに気づいた。耳を澄ませば、わずかに乱れた呼吸が混じっている。
「気をつけて。まだ生きてる奴が」
いる。そう言おうとした僕の言葉は拳銃の轟音で打ち消された。
「かはっ!」
トシが妙にかすれた変な音をたてる。僕は考えるよりも素早く、床に向かってナイフを投げた。わずかに顔を上げた男の頭に深々とナイフが刺さる。人間では刺さらないぐらいの深さまで、しっかりと。
男が白目を剥いて…そして再び床に横たわった。今度こそ永遠に。
「トシ!」
走り寄れば、トシが口と胸から血を出して、がくんと膝をついた。
「大丈夫ですか?」
総司も反対側から駆け寄る。トシに総司が肩を貸した。
「とりあえず車に戻ろう。そろそろ出ないと」
そう言って僕がドアを開けた瞬間。
「うぉー」
雄たけびと共に短刀を振りかざして、男が飛び掛ってくる。さっき気絶させた奴だ。
「ちっ」
僕は舌打ちをして、喉を狙って蹴り上げた。足に伝わる衝撃と共に、飛び掛ってきた男の首がありえない角度に曲がる。そのままべしゃりと壁に叩きつけられる音が聞こえた。総司がため息をつく。
「なんか…一番、俊が酷くないですか?」
あ~。言い返せないな。
「とっさに出ちゃったから仕方ないよ。僕だって殺したくて殺してるわけじゃない」
「とは言え…まるで標本みたいになっていますよ」
たしかにね。死体が壁にめり込んでしまった。
「フレッドに怒られるかもな」
「あれは掃除が大変そうです」
そんな会話を二人でして、僕らはトシに視線を落として…顔色が変わった。
「トシ?」
「土方さん!」
彼の顔は土気色で、胸からの血は流れるままで、まったく止まっていない。そんな…。いくら回復が多少遅くなったとはいえ、そろそろ血が止まっていてもおかしくないのに。
「総司。僕が代わる」
トシは嫌がると思うけど、彼の足と背中に腕を回して抱きかかえた。いわゆるお姫様だっこだ。こんなときじゃなければ絶対にやらないと思う。総司が土方さんの持っていた刀を掴む。
「行こう」
そして二人で走り出した。
車に近づいたところで、誰かが車の窓をノックしている。柄が悪い男…あいつらの仲間のようだ。
「おい。ねぇちゃんたち。ここで何してんだ?」
そんな声が聞こえて、腕にトシを抱えたままどうしようか思案をしたところで、レイラが車から降りてきた。
「レイラ」
僕の声は聞こえたらしい。レイラはちらりと僕を見て、そして心配しないで…というように笑ってみせた。
「ここには誰もいないの。あなたはちょっとコーヒーを飲みたくなった。だから、今からコーヒーが飲める場所を探しに行くのよ」
彼女が言ったとたんに、男がふらふらと車を離れていく。後ろも振り返らず。この状況って…。なんか見たことないか? っていうか、僕が奥の手を使うときにそっくりじゃないか。いや。それよりも。今はトシだ。
レイラも通信機からトシの状況を把握しているらしく、男が去ったとたんにトラックの荷台を開けた。彩乃が泣きそうな顔で僕らを迎えいれる。
「土方さん、大丈夫?」
「分からない。とりあえず寝かせるから。そこをあけて」
床にあった彩乃の刀や僕らの着替えをどけさせて、その場所にトシを寝かせる。その横でレイラはこちらの撤収完了をキーファーが派遣したチームに連絡していた。
「トシ。トシ。聞こえる?」
床に寝かされたトシがうっすらと目を開く。
「えらく…嫌な…気分だな」
僕はトシの目を覗き込んだ。すでに黒く戻っている彼の瞳。
「トシ。よく聞いて。僕が今から言うことを繰り返して」
「なん…だよ…また…かよ」
「ふざけてないで。治らないんだ。傷が。だから…」
僕の眷族に…と言おうとしたのに、遮るようにトシがふっと笑った。
「いい…って…こと…よ」
「トシ!」
『どうしたの? トシゾウ、大丈夫?』
耳の中の通信機からはデイヴィッドの声も聞こえてくる。トシは薄く笑みを浮かべる。
「あいつら…にも…礼を…言っといて…くれ」
「自分でいいなよ。眷族にするから。ほら」
「うる…せぇ…よ」
僕の言葉を無視して、トシは自分の命を手放そうとしていた。総司もかがみこんでトシの顔を覗き込む。
「土方さん」
トシがわずかに首を動かして総司を見た。
「な…に…泣きそうな…つら…して…やがる…」
「土方さん。生きましょうよ」
「ば…か…言うな…」
「土方さんが来てくれて、私がどれだけ嬉しかったか。どれだけ心強かったか。ですから。生きてください。土方さん」
「はっ…」
トシが片頬をゆがめるように嗤う。
「生きて…どう…するよ。もう…充分…だ」
そして…トシは静かに目を閉じた。




